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第60話 決意

 馬車の事故の噂は瞬く間に国中に広がった。どこもその話で持ち切りだ。新聞にも書かれた。聡明な父は迅速に対応した。王として立派な判断を下した。事故で壊れた商品や生活用品は代金か代用品が城から支給された。サリーには慰謝料だけでなく死ぬまで生活の保障が約束された。今は現在の医療技術で可能な限りの治療を行っている。それでも歩ける保証はない。魔法国家ヒースクリファの技術も使っているのに。


 家族そろって国民の目の前で謝罪した。もちろん私も参加した。王の慈悲には誰しも感動したし、私にも馬車の暴走を止めたという武勇伝が加わった。それでも脚に障害を負ってしまった少女がいるのは悪印象だった。調査の結果、馬車の馬の一頭に石が投げられたことがわかった。馬の怪我と現場にあった血の付着した石が証拠だ。そのことも新聞に書かれたが、誰が石を投げたかまではわからない。


―いえ……犯人はわかっている。


 私にだけ聞こえた心の声。おそらく犯人はサリーの兄か父だ。どちらかが馬に石を投げ、サリーが馬に轢かれるように仕組んだ。サリーの非難するような叫びから彼女も共犯者である可能性が高い。それに彼女の思いも知ってしまった。


―サリーもロバートが好きだったのね……。


 あんな変人、好きになるの私だけだと思った。否、私は彼の良いところをたくさん知っている。ハンサムじゃないし馴れ馴れしいけど、気配りができて誰よりも思いやりがある。

 思い返せばサリーはいつも下を向いていた。酒場でも渋々働いているようだった。彼女にも辛い事情があったのだろう。報告では父が補償金をギャンブルに使ってしまったと聞いた。かわいそうだとは思う。それでも好きな人を……ようやく掴める幸せを、譲るわけにはいかない。

 あれからロバートとは会っていない。駆け落ちの噂が広がるといけないからしばらく会えないと父に言われた。司教と話すこともできない。胸騒ぎがして私はロバートに手紙を書いた。



 そこは小さくも騒がしい教会のはずだった。だが最近、丘の上の教会は暗い。まるで葬式のようだ。いつも元気な孤児たちもそわそわしている。あのロバートがずっと暗い顔をしているからだ。


「おい。手紙届いてたぞ。」


 見かねた悪友が今日も訪ねてきた。売れない画家、ディーンだ。ロバートは自室に引き篭もったまま動かない。椅子に座って窓のほうを向いてはいるが、曇り空が目に映っているのかすら怪しい。机に置かれた食事は手つかずのようだ。


「お前……ちゃんと飯喰ってんのか?姫さんが心配するぞ。」


 ロバートが微かに動いた気がした。やはり彼を生かしているのはロザリーだ。


「つーか心配してるから手紙書いてんだな。姫さんも不安なんだろう。毎日届いてるのに読んでないって本当か?ちょっと前なら喜んで読んでただろう?どういう風の吹き回しだ?」


 ロバートは生気のない顔のままだった。彼らしくない。


「サリーから……手紙が届いたんだ……」


 よく見たら手紙が何通か床に落ちていた。どれも開封済みだ。


「おいおい……。惚れた女の手紙は読まないで、興味ない女の手紙を読むなんて……。」


 サリーの手紙を拾ったディーンの手が止まる。封筒には手紙の他にチラシも入っていた。どれも不穏な言葉が大きく書かれている。


[黄薔薇の姫は売女!修道士を誘惑した!]

[姫は国を捨て修道士と駆け落ち予定!]

[教会は補助金を得るため修道士を姫に売った。]

[愛する修道士が奪われないよう、姫はわざと馬車で酒場の娘を轢いた!]

[教会と王族は裏で組んでいる。]

[教会は孤児を奴隷として売っている。]


 手紙にはサリーがどれほどロバートのことが好きか延々と書かれていた。だが最後には必ず脅し文句が書かれていた。


[私と結婚してくれないなら死ぬ!]

[私と結婚しないならチラシをばらまく!]


 司教と王族に好意的な意見が世間で溢れるなか、なぜか一部の者たちは猛烈に姫を批判していた。ディーンはその理由を今知った。おそらく裏でサリーの家族が悪い噂を流しているのだ。


「な……なんだよこれ……。」

「脅迫状だよ。」


 さらっと答えたがただ事ではない。


「こんなの気にすんな!全部デタラメだろう?」

「だけど僕が逆らったらロザリーが困る……。司教も、修道士たちも、孤児たちも……。」

「お前は悪くない!何も悪くない!だから自分が幸せになることだけ考えろ……な?」

「でも王族と教会に風評被害が……。」

「時間が経てば落ち着く……!だからさっさと食って寝ろ。姫さんの手紙を読んでもいい。返事を書け。もうすぐお前の嫁さんになるんだろう?」

「それはできないよ……。」


 こんなに弱気なロバートは初めてだった。いつも前向きだったロバートが青ざめている。全てサリーが元凶だった。


「なぜだ!?あいつを愛しているんだろ!?散々姫さんを見つけるためオレを手伝わせておいて結婚しないだと!?あいつを幸せにするんじゃなかったのか!!」


 ディーンは親友の両肩を揺さぶった。親友が誤った道に進まないように。


「だってロザリーの手紙を読んだら……僕の心が揺らいでしまう。」

「お前……まさか……。」


 ディーンの顔も青ざめた。


「やめろ……それだけは……。」

「ディーン……僕は……サリーと結婚する。」


 雨が降り始めた。止まない雨が。

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