第6話 馴れ初め
フレデリックは私を見て慌てて挨拶をした。
「ひ、姫さま!?ごごご御機嫌麗しゅうございます!」
フレデリックの声は裏返っていた。心を読まなくてもわかる。彼はかなり動揺している。無理もなかった。私が王族ということを差し引いても私の美しさで緊張しない人などいない。
「い、いつからここにいらっしゃったのでしょうか?」
「今しがた来たばかりですわ」
私は淡い笑みを浮かべた。私は滅多に笑わない。けれど彼の前では笑わずにはいられなかった。数日前彼を意識してから彼が愛おしく感じていた。いつもは他者に心を悟られまいと無表情を装っていたがこの時だけは冷たい仮面を取っていた。
(フレデリックったらこんなに慌てて…………よっぽど私のことが好きなのね。かわいい)
私の思い人は初めて見る私の笑顔に戸惑っていた。当時クールビューティーと皮肉交じりに褒められていた私が笑ったからだ。彼から見ても他者から見ても私の笑顔は非現実的だった。彼はしばらく私の笑顔に見とれていた。念のために心を読んだが彼の心は真っ白になっていて言葉が思いつかなかったようだ。
「綺麗な夕陽ですわね」
私は彼から目を逸らした。そうすれば彼も落ち着くと考えたからだ。
「え?あっ……はい!」
赤い空を見ながら私はぼんやり考えた。
(さて……どうやって告白しようかしら?)
私も彼ほどではないが緊張していた。なにしろ私はこの時人生初の告白をしようとしていたのだから。緊張しないほうがおかしい。一方フレデリックもようやく頭が働くようになった。
―そうだ。わざわざこんな人気のない所に呼ばれたんだ。大事な用があるのかも。
そう考えるとフレデリックは一歩踏み出した。
「ひ、姫!なにか用ですか?」
彼がようやく正気になったことを確認して私は話しだした。
「ええ。訊きたいことがあって……。あなたと私は同い年でしょう?もう結婚の相手はお決まりですか? 私の元に沢山の肖像画が送られて困っていますの。私はまだ決めていないのですけれど……」
縁起をする必要などなかった。本当に困っていたのだから。自然に手と顔が動いて私が悩んでいるところを美しく彼に見せた。
―やっぱり求婚者多いんだ……!
フレデリックは複雑だった。好きな女が魅力的なのはうれしいが他の男に狙われることを喜ぶ男などいない。当然のことだった。だが彼はまだ私が婚約してないことに安心した。
「いえ……わたしはまだ求婚もしていません。貴族といっても身分が低いですし……」
「そうなのですか?それは良かったですわ」
私は満足げに笑った。鏡を見ていないからわからないが先程の笑みよりかわいかったらしい。彼の胸が大きく脈を打った。他者の心の声だけでなく心音まで聞こえる私の力はどうかしている。私は引き続き彼の心を読んだ。
―なんでうれしそうなんだろう?まだ結婚相手が決まってないから仲間だと思ったのかな?
思い上がらない彼が好きだった。もし他の男に同じことを言ったら私が好意を抱いていると気づき自惚れていただろう。フレデリックの勘違いはさておきこの時結婚相手が決まっていない若者は多かった。それもそのはず、大半の男は私に求婚をして返事を待っていたからだ。おそらく他の女に縁談の話なんてこれっぽっちも来ていなかっただろう。私との結婚を早々諦めて他の女性に行った男たちが少数ながらいたが賢い選択だと思う。腰抜けだと思うが……。
「あなた、油絵が得意なのでしょう?」
私は沈黙を破った。夕陽の時間は短い。早く私の思いを打ち明けたかった。
「は、はい!芸術家の家系ですから!」
「私の肖像画もお願いできるかしら?」
肖像画と聞いて彼はなにやらピンときた。
―そうか!縁談のために姫の肖像画を描いてほしいんだ。そのためにわざわざオレをここに呼んで……。
「違うの!」
「え?」
大きな勘違いをしている彼を私はとっさに否定した。勝手に心を読んでいるのに悪い気がしたがはっきり思いを告げるのは今しかないと私は悟った。
「私のそばにいてください」
「え……?」
フレデリックは口をぽかんと開けていた。信じてもらいたかった。私の話を真剣に聞いてほしかった。私は彼の手をそっと両手で包んだ。
「あなたのことが好きなんです。私のそばにずっといて、私の肖像画を好きなだけ描いてください」
「姫……?」
辺りが暗くなった。太陽が沈んだのだ。その日はもう帰らなければいけなかった。
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