第57話 俺の従兄妹がこんなに可愛いわけがない <中編2>
―ジャンヌがアンジェリカに拉致されてから2時間半……俺は廊下でアンジェリカと出くわした。
「あら、ロナルド。」
「ん?」
「ちょうどよかったわぁ♪」
―そう言うとアンジェリカは俺を無理やり鏡の前まで引っ張って行った。メイドが持ってきた椅子に座らせられ、リボンで胴体をぐるぐる巻きにされたかと思えば髪をいじられた。
「ああっ!?俺の髪が!!」
母上に「美しい」と褒められ、しぶしぶ伸ばしていた赤茶色の俺の髪はポニーテールから三つ編みにされてしまった。これではかっこうがつかない。
「や~だぁ♡かわいい~♡ジャンヌにも見せなきゃ~♡♡」
「や、やめろ!」
―足をバタバタさせても無駄だった。仮に逃げられたとしても椅子に縛られながら這う姿をジャンヌに見られたくない。
「ジャンヌ~~!こっちに来て~~♪」
「来るな!やめろ!!」
―そんなこと言っているうちにジャンヌが来てしまった。
「…………」
―ジャンヌは無表情で俺を見る。無理やり着替えさせられたのか、黄色いドレスから白いファーのついた赤と茶色のドレスになっていた。だが俺が気になったのはそこではない。彼女の美しい黒髪は俺と同じように一束の三つ編みにされていた。
「見て見て~♡ジャンヌとおそろ~い♡」
―今までジャンヌと俺の共通点はほとんどなかった。瞳、髪の色、顔つき、才能、性格……ありとあらゆるところが違った。共通点と言えば同じ王族で髪がロングウェーブなところだけだ。だがこの瞬間、本当に些細なことだったが…………俺は初めてジャンヌと対等になった気がした。
「ねえ、ジャンヌ。この髪型、ロナルドに似合ってると思わな~い?」
―姉の一言で我に返った。そうだ。おそろいになったからといってそれがどうした?こんな女々しい髪型では意味がない。恥ずかしくなって顔を背けた。どうせいつものようにジャンヌは生意気な発言をするのだろう。
「……にあうと思う。」
「っ!?」
―俺が見たときには彼女はもう俺たちを通り過ぎていた。アンジェリカと俺はぽかんとした。
「あら~。意外ねえ……。」
―ジャンヌが向かった先にはアルフレッドがいた。二人は二言三言、言葉を交わすと、ジャンヌは髪をほどいてしまった。兄上は少し驚いたがジャンヌを抱えると俺たちのところへ来た。
「迎えの馬車が来たからジャンヌは帰るよ。」
―そしてジャンヌはあっさり帰ってしまった。俺の心がモヤモヤしたまま。
―それからというもの、俺の髪型は三つ編みになった。……別にジャンヌに褒められたからじゃない。たまたま俺に一番似合う髪型が三つ編みだとわかっただけだ。誰かと会う日も、誰にも会わない日も三つ編み。毎朝髪をとかし、髪を三つの束に分けるとせっせと編む。それが俺の日課となった。母上から10歳になったら短髪にしてもいいと言われたのに、18になっても俺の髪は長いままだった。もちろんこれまで何回も髪を切ってきた。それでも髪を三つ編みにできる程度の長さを維持していた。
***
―ジャンヌを語る上でどうしても外せないのは剣術大会だ。俺が16、ジャンヌが13のときのときだ。俺は剣の腕に自信はあるので毎年剣術大会に参加していた。俺は頭脳ではアルフレッドに劣るが体術と剣術は俺のほうが恵まれていた。兄上に何回か勝ったこともある。ある日、俺がいつものように剣の練習を終えたとき、廊下でジャンヌと会った。
「ひさしぶりだな、ジャンヌ。こんなところで何をやっている?」
―剣や鎧が並ぶ倉庫。汗臭い訓練室。質素なドレスを着ているとはいえ姫には不釣り合いな場所だった。
「別に。たまたま通りかかっただけ。」
―あいかわらず無愛想だった。何を考えているのかわからない。
「俺は今年も剣術大会に出る。お前は今年も観戦して授与式を行うのか?」
―去年も一昨年も俺はジャンヌから授与式で称えられた。実は密な楽しみだった。
「いいえ。今年は授与式で優勝者を称えることはできないわ。」
(へ?)
―予想外の答えだった。姫が授与式を行わないだと?それじゃあ俺のやる気どころか全兵士のやる気が駄々下がりだぞ!?
「な、な、な、……なんでだよ!?お前病気じゃないだろう!健康そのものだ!この時期にお前授与式以上に大事な用事があるのか!?」
「無理なものは無理よ。私の体は一つしかないんだから。」
「はあああ?わけがわからない。」
―腑に落ちない俺を置いてジャンヌはさっさと行ってしまった。
―そして剣術大会の当日。コロッセオの開会式で剣士たちはざわついていた。俺はそいつらは集中力が足りないと呆れ、ざわついた原因を見向きもしなかった。俺の最初の試合が終わり、何試合か行われたあとの実況でようやく知った。
「次は今大会の目玉!麗しく咲く一凛の花!王位第一継承者、ジャンヌ・ロサキネティカの初試合です!」
「はああああ!?」
―会場が沸いた。歓声で俺の間抜けな声はかき消された。
(なんで……なんで女のお前が剣術大会に参加しているんだ?場違いだろう!)
―他の剣士と同じ服を着て、髪を一つ結びにしていたから気づかなかった。さらしを巻いているのか胸もさほど目立たたなかった。
(なぜジャンヌを剣術道場で見かけたか。なぜ彼女は授与式に参加できないのか。答えがわかった。彼女が剣術大会の参加者だからだ。それじゃあ授与式を行えないわけだ。なぜなら彼女は授与するほうではなく授与される側になるからだ……ってなんじゃそりゃああああ!)
―ジャンヌは軽やかな剣技で剣術大会にデビューした。そして決勝戦で俺と当たったが……俺は負けてしまった。恥ずかしかった。屈辱的だった。いや、だって……模擬戦とはいえ俺があいつを切れるわけがないだろう!!他の剣士たちも女を―それも第一王位継承者を―相手に本気を出せなかった。……いや、それはただの言い訳だ。たとえあいつらが本気になったとしてもあいつには敵わない。だけど俺は……俺はあのとき本気を出せていたのか?全ての力を出し切っていたとは言い切れない。最初は実力の半分の力も出せていなかった。そのあと腹をくくって8割の力は出せていたかもしれない。躊躇しなければ勝てたのかもしれない。この大会で兄上にはなんとか勝てた。だけど……俺はジャンヌには勝てなかった。
―優勝したジャンヌは授与式で女王に称えられた。女王、もしくは姫が優勝者の肩をサーベルで軽く叩く儀式……それは全ての剣士にとって名誉だった。ジャンヌは涼しい顔で目をつぶっていた。人々は歓声と拍手で彼女を称えた。それでも陰口を叩くやつらはいた。
「とんだ茶番だ。」
「本気を出せなかっただけだ。」
―俺はもやもやした気持ちで帰路についた。アルフレッドと同じ馬車に乗って帰った。
「残念だったね。」
―兄上は俺を慰めた。悲しいけど優しい表情だった。
「アルフレッドは力で押し切るタイプだけど、ジャンヌは相手の力を流すタイプだった。相性が悪かったかもね。」
―兄上の言う通りだった。俺の攻撃はジャンヌの流麗な剣さばきでことごとく受け流されてしまった。
「アルフレッド兄様は、あいつが大会に参加することを知っていたのか?」
「いいや……密に剣術を習っているという話は聞いたことがあるが、知らなかった。」
「そうか……。」
―ジャンヌが剣術大会に参加したのはそれっきりだった。俺とあいつが剣を交えたのはそのときだけ。再戦の機会には一生恵まれなかった。……それでいいと思った。俺はもうあいつと戦いたくなかった。恥をかくのが嫌だとかそんな理由じゃない。俺は二度とあいつに刃を向けたくなかった。