第55話 俺の従兄妹がこんなに可愛いわけがない <前編>
―俺はお前が生まれたときから嫌いだった。
ロナルドは悔しそうに姫を見ながら、昔のことを思い出していた……。
―子供の頃、俺はちやほやされていた。王位第二継承者、ロナルド・ロサキネティカ。王の弟の二番目の息子。別に王になりたかったわけじゃない。王はやることがたくさんあるから兄のアルフレッドが王になればいいと思っていた。ただ自分がこの国で2番目に偉くなることが誇らしかった。俺が生まれる前は姉のアンジェリカが第二王位継承者だった。だが女であるため俺が生まれた瞬間、継承権が繰り下がった。このまま王に子どもが生まれなければ俺は第二王位継承者のまま。仮に生まれても女だったら王位継承権はおそらく男である兄上と俺のほうが上。だから王妃が懐妊したときは全力で子どもが女であることを祈った。
俺の祈りが天に届いたのか、王に娘が生まれた。その時点で王位継承権は兄上が一位、俺が二位、アンジェリカが三位。女とはいえ、姫は王の直系の子どもだから継承権は三位か四位になると思っていた。
姫が生まれてから3年……。俺が6歳のときだった。ある日、王の城でガーデンパーティーが行われた。特別な行事ではなく、王族と貴族の軽い親睦会のようなものだった。俺と兄上の周りにはいつものように貴族が集まっていた。
「2人とも大きくなられましたね。どうです?うちの娘をアルフレッド様に……。」
「我が家は娘が3人おりまして……よろしければ誰か1人、ロナルド様と結婚を……。」
まだ俺たちは子どもだというのに貴族どもは縁談を持ちかけている。よほど王族と縁を結びたいのだろう。大人への対応は早々に親に任せ、俺は女の子たちの相手をしていた。俺と同年代の女子は俺の元へ集まり、俺より年上の女子は兄上かアンジェリカの元へ集まっていた。同年代の貴族の男子たちとはときどき遊ぶので、たまには女子たちの相手をすることにした。
「俺、剣の腕は同年代で1位なんだよね。」
「すごいですわ!」
「さすがロナルド様!」
―ちょっと自慢するだけでこれだ。女子は黄色い声を上げる。
「この前の試合を観ましたわ!」
「わたくし感激しました!」
「しびれるくらいかっこよかったです!」
次々と俺を褒め称える女の子たちに俺は気を良くする。女なんて簡単だ。武勇伝を語ればすぐしっぽを振る。まるで犬だ。
「トロフィーを部屋に飾ってあるんだ。見せてやろうか?俺の城に招待してやるよ!リリアンドの珍しいお菓子を取り寄せたばっかりなんだ。」
「きゃーー!」
「ぜひお願いします!」
「お父様にきいてみますわ!」
―そう言って女の子たちはそれぞれの親に許可をもらいに行った。作戦通りだ。父上は兄上が王位を継げるよう貴族を仲間につけようとしている。密に気に入った貴族たちを二次会に誘う準備をしていた。
女の子たちがいなくなるとある一人の幼子が目に入った。年下の女の子だ。俺に背を向けて芝生に座り込んでいる。この国ではめずらしい髪の色だった。黄色いドレスを着ている。いつのまにいたのだろう。一人でかわいそうだからそいつも家に誘ってやることにした。
「おい。そこのお前。」
「…………。」
―この俺様が呼んだのにそいつは振り向かない。ただ一心不乱に腕を動かしていた。何をしているのだろう。
「おい。お前。」
「…………。」
「お前だよ、お前。」
―まただ。返事がない。俺に気づいてないのか。無反応の娘にイライラしてきた。
「俺はこの国の第二王位継承者、ロナルド・ロサキネティカ様だ。王の弟の2番目の息子。お前は?」
―この自己紹介で今まで頭を下げなかった人間はいない……はずだった。ところがこの小娘は手を止めるどころか振り向きすらしない。
「これから俺の城でリリアンドのお菓子を食べるんだ。俺が優勝した剣大会のトロフィーや俺だけのオーダーメイドの兵隊の模型も見せてやる。お前も一緒にどうだ?」
「…………。」
―素性を明かして誘っても彼女は振り向かない。生まれて初めて無視された俺は屈辱を感じた。
「なんだよ!こっち見ろよ、きいろ!」
―俺は名前も知らない女の子をフランス語で「きいろ」と呼んだ。黄色いドレスを着ていたからだ。するとどういうことか、ようやく彼女は振り向いた。
「……?」
―肩まで伸びた黒いウェーブの髪。夜空が宿った大きな瞳。どんな花のつぼみより愛らしい唇。そのあまりの美しさに、妖精の子どもが人間界に紛れ込んだと思った。
「……。」
―彼女は無表情で俺を一瞥すると、すぐ作業に戻ってしまった。よく見たら彼女はシロツメクサで花輪を作っていた。どこの貴族だか知らないが、そんな雑草より高級な薔薇のほうがふさわしいと思った。彼女に見惚れていたら別の女の子の声がした。
「あの子、さっきからずっとそこで花輪を編んでるんです。」
―なんということだ。さっきまでそれなりにかわいいと思っていた伯爵の女の子が急に色褪せて見えた。きいろが美しすぎるせいだ。
「わたくしたちもロナルド様に話しかけに行きましょうと誘いましたが断られました。」
「可愛らしいですけど変な子ですわ。」
「あ……ああ、そうだな。」
―腑に落ちなかったが、俺たちは馬車で城を移動した。
***
―俺の城へ移動したあと、大人は大人同士で、子どもは子ども同士で集まり賑わった。ダイニングルームは大人に占拠されていたので俺たち子どもはリビングルームで遊んでいた。執事とメイドは俺たちの飲み物と食べ物の要求に応えようと必死だった。
「俺、トロフィー取って来る!」
―忙しそうな執事とメイドを置いて俺はリビングを出た。寝室のある2階へ上がろうとしたら向かいの廊下を横切る人物がいた。あの黄色いドレスの女の子だ。なんだ。やっぱり俺に興味あったんだ。複数の馬車があったから俺の後に来たんだろう。特別に俺の部屋まで案内してやろう。俺は階段を上るのをやめてあの子を追いかけた。
「おい!きいろ!」
―今度は一発で振り向いてくれた。だがあいつは他の男と一緒にいた。
「……ロナルド?」
―そう。あいつはアルフレッドと一緒だった。
「兄上!……その子は?」
―なんとなく嫌な予感がした。兄上は爽やかに答える。
「ああ。リリアンドの植物図鑑を読みたいと言ったから貸そうと思って……招待したんだ。」
―俺はむっとした。俺の誘いは断って兄上の誘いは受けるなんて……。こいつは兄狙いの貴族なのか?王妃の座を狙っている……?胸がもやもやしたがそいつの名前が知りたくて訊ねた。
「さっきも言ったが俺はロナルド。アルフレッド兄様の弟だ。お前は?」
「…………。」
―本当に無愛想な子だ。笑いもせず俺の顔をじっと見ている。
「あれ?知らなかったの?」
―兄上はきょとんとする。
「さっき名前を呼んでなかったかい?」
「え?……きいろ?」
―兄上はくすりと笑った。
「なんだ。聞き間違えか。彼女の名前はジャンヌだよ。J-E-A-N-N-E。Jeanne。JauneだとJohnみたいで男の子の名前じゃないか。」
―この国でジャンヌと言ったら一人しか思い浮かばない。ジャンヌ・ロサキネティカ。王の一人娘。彼女が第一王位継承者になったと発表されたのは翌年のことだった。