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第54話 反対

 朝食に乱入者が来ることはわかっていた。それは心の声を聞くまでもなく予想できる展開だった。あんな前代未聞の決断を宣言されて、はいそうですかとすぐに受け入れられるわけがない。私たち家族は発表前から誰が直訴しに来るかも予測できた。足音も鼻息も荒い男は衛兵も無視して自ら扉を開けた。


「おい!ジャンヌ!どういうことだ!」


 釣り目の男は挨拶もせずに私を責める。従兄弟のロナルドだ。赤茶色の髪をうなじ辺りで一か所に三つ編みでまとめたこの男はいつも偉そうな態度を取っている。傍らにはアンジェリカもいる。私と両親は彼らを見て一瞬手を止めたが、私はすぐ食事を再開する。ロナルドがカチンと来ることはわかっていたが料理が冷めるのが嫌だから仕方がない。


「王位継承権を放棄する?馬鹿かお前は!?」

「別にいいでしょ。」


 私はナプキンで口を拭く。もうすぐここの宮廷料理が食べられなくなると思うと名残惜しい。結婚したら牛肉のステーキはあまり食べることはないだろう。


「あなたには関係ないわ。」


 ステーキをもう一切れ口に運ぶ。おいしい。スピーチ前にシェフが仕込みを終わらせてくれたのだろう。動揺して肉を焦がすというミスをしないとはさすがプロだ。ロナルドはテーブルを両手でドンと叩く。食器は揺れても私の心は揺れない。


「関係ある!!大ありだ!」

「私たち、血は繋がっているけど関係ないでしょ。あなた日頃から『この国の王になるのは兄さまだ!』って豪語してたじゃない。」

「それは……!」

「私が王になろうがアルフレッドが王になろうが大差はないでしょ。どっちにしろあなたは王にならないんだから。」

「俺が王になるかならないはどうでもいいんだよ!!」


 テーブルの上についていたロナルドの手は拳へと変わる。


「お前……平民と結婚するって……正気か……?」


 温野菜が刺さったフォークがピタリと止まる。私は彼がダイニングルームに入ってから初めて彼を見据える。しかし次に言葉を発したのは私でもロナルドでもなくアンジェリカだった。


「そうよぉ。もったいないわぁ。」


 アンジェリカはいつもの甘ったるい声で話す。ロナルドと同じ赤茶色の髪で私の髪のように美しいウェーブを放っている。今日も髪の一部を三つ編みにしていた。ロナルドもアンジェリカもどうせ自分は王位を継げないとわかっており、熱心に勉強をしなかった。自分の趣味に走った二人の知識は偏っている。それは別に構わないのだが二人とも性格に問題があるため苦手だった。


「あなたは王位第一継承者なのよぉ?わたしと違って確実に王になれるのよ?てっきり建国以来初の女王陛下になると思ってたわぁ。そしたらあなたを全力でサポートするつもりだったのにぃ。」


 背筋がゾッとした。テーブルをはさんでいなかったら彼女は私の髪を触っていただろう。


「ジャンヌ~。今日もきれいねぇ。前よりきれいになったんじゃな~い?恋してるからかしら?一体どこの馬の骨がわたしのジャンヌを奪ったのぉ?」


 そう……これだ。この甘ったるいしゃべり方。私を見つめる目。私は彼女にとってお気に入りの最高級自動人形なのだ。操り人形と違って自立していて思い通りにならないところが面白いらしい。だがさすがに私が女王に即位せず国を出るのは嫌らしい。近くで観察できなくなるからだ。私はため息を堪えた。


「私はあなたのものではないわ。」

「あらぁ?ごめんなさ~い。言い間違えたわぁ。わたしの大事な従姉妹と言いたかったのぉ♡」


 くすくす笑う彼女に頭が痛くなる。彼女の脳裏には今までの思い出が高速で再生されているようだ。


―ああ……ジャンヌジャンヌジャンヌジャンヌジャンヌ~!初めて会ったときはかわいい妖精さん。会うたびにどんどんきれいになっていく。今となっては妖精女王。どんな服もどんな髪型もどんなアクセサリーも似合う!優美で聡明な至高の着せ替え人形!!剣技も体術も優れているのに私に暴力を振るわない騎士姫!愛しのジャンヌ。麗しのジャンヌ。ああ、嫌がるあなたに頬ずりしたい……♡


 悪寒が体の下から上まで走る。アンジェリカの私への思いは同性愛というより偶像崇拝に近い。ひどければペット扱いだ。どちらにせよ勘弁してほしい。彼女の機嫌が良くなる言葉をかけなければ。


「離れても手紙を書くわ。」

「ほんとぉ?楽しみにしてるわよぉ♪」


 機嫌を取るのに成功したらしい。彼女はにんまり笑う。


「結婚前に遊びに来てよねぇ。アルフレッドお兄様もロナルドも歓迎するわぁ♪」

「……善処するわ。」


 本当は行きたくないが国を出たらもう二度と会わないかもしれない。最後くらいは付き合おうと思った。問題はロナルドだ。アンジェリカは満足して下がったが再びロナルドが前へ出た。


「他国の王族や自国の貴族と結婚するならまだわかる。だが……平民だと?容姿端麗、文武両道。富も名声もある完璧なお前が身分の低い男と……結婚?ふざけるな!」


 ロナルドはテーブルを叩いた。執事はロナルドに一瞥した後、気まずそうに空になった皿を片付ける。ロナルドはこめかみをヒクヒクさせながら腕を組んだ。


「そいつは美しいのか?」

「見た目は普通よ。」

「賢いのか?」


 あなたよりかは、と言うのはやめた。ロナルドはプライドが高い。


「教養はあるほうよ。」

「お前より……強いのか?」

「心は強いわ。」

「はあ?」


 理解できないという顔だった。彼の性格を考えるとおそらく全てを聞いても納得しないだろう。


「そいつのどこが良いんだ?」


 その質問のあと、真っ先にロバートの笑顔が思い浮かんだ。


「優しいの。誰よりも……。」


 ロナルドは冷ややかに笑った。


「誰にでも優しいんじゃないか?」

「私には特に優しいの。」


 私の反応が気に入らなかったのか、ロナルドはむっとした。


「金目当てなんじゃないのか?」

「私は必要最低限の持参金しか用意してないわ。結婚した後は二人で協力して働かないと生活していけないことは彼も承知している。」


 ロナルドは絶句した。立派な城、柔らかいベッド、贅沢な食事、豪華な服、美しい調度品、たくさんの召使い……それら全てが一切ない生活を彼は想像することができなかった。


「あなた……私にどうしてほしいの?私ではなくアルフレッドに王位を継いでほしいんでしょう?でも私が王位継承権を放棄して平民と結婚するのは嫌ってどういうこと?」


 初めてロナルドは弱気になった。口をつぐみ、泣きそうな目で私を見る。どこかで誰かが似たような顔で私を見た気がする。すぐに思い出した。幼馴染のマシューだ。私がロバートと楽しそうにしていると、マシューはいつも悲しい目で見ていた。


「そいつは……お前にふさわしくない!」


 ロナルドは葛藤しながらなんとか言葉を振り絞った。悪手だった。チェスで負けが確定しているのにあがいているようなものだ。


「それはあなたが決めることじゃない。……そもそも私が誰と結婚すれば納得するのよ?アルフレッドならいいの?」

「うっ……。」


 ばつが悪い顔をするロナルドを見てアンジェリカはにやにや笑う。私の両親はやれやれと呆れていた。執事は仕方なく居心地が悪いダイニングルームへデザートを運んだ。


「たしかに……アルフレッド兄さまならお前にふさわしいかもしれないが……。」


 第二王位継承者のアルフレッドは眉目秀麗で優れた剣士でもある。私と同じくらい賢くて強い。高潔な人格で、私はアンジェリカとロナルドが苦手だけどアルフレッドのことは敬愛していた。王の弟である叔父の自慢の息子で、ロナルドもそんな兄を誇りに思っている。それでもロナルドは兄が私と結婚するとは思っていなかった。……否、望んでいなかった。なぜなら彼は……。


―なんで……なんで……。


 とうとう彼の思いは爆発した。


―なんで俺と結婚しないんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!

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