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第51話 サリーとロザリー

 憂鬱だった。今日の町はいつもより一段と騒がしい。みんな第一王位継承者の黄薔薇の姫を見たくて大通りに集まっていた。生誕祭のパレードにふさわしい快晴なのにサリーの心はどんよりしていた。


(ロザリーとロバートが……結婚……。)


 サリーはパン屋の二階でぼーっとしていた。もうすぐ昼なのに着替えてすらいない。サリーは二人について考える。ロザリーは今まで見た女性の中で一番美しい。よく知らないが優しい少女だと思う。上品で好奇心旺盛。彼女が花屋の娘だと知ったときは羨ましかった。しかもお金持ちだ。美貌・気品・職業・お金……女性がほしがるものは全て持っている。そんな彼女はなぜかロバートと結婚するという。


(どうしてわたしじゃないの……?)


 その気になればもっと条件が良い男性と結婚できるはずだ。彼女ならお金持ちの美男子か美青年とだって結婚できる。両親がよく許したものだ。身よりもお金もない修道士のロバート。おそらく彼の温かい人柄にロザリーは惹かれたのだろう。サリーと同じように。


(どうしてロザリーがロバートと結婚するの……?どうしてロバートはわたしを選ばなかったの……?)


 しかしどんなに悩んでも現実は変わらなかった。


「サリー!起きた?具合はどう?」


 パトリシアが様子を見にきた。手にはパンとスープを乗せたトレーを持っている。


「まだクラクラするわ……。」

「無理もないわ!両親にあんなことさせられたんだもの。」


 昼食のトレーは机の上に置かれた。本当に倒れた理由も知らずパトリシアはうんうんとうなづく。


「顔を洗って外の空気を吸ったら?気分よくなるかもよ?顔を洗う桶はここにあるわ。タオルはベッドの上に置いておくわね。」


 パトリシアはてきぱきと動く。サリーはパトリシアが置いたものを黙視する。よく見たら歯ブラシとコップも用意されていた。


「わたしはこれからアーニャたちと一緒にパレードを見に行くけど……サリーは?」


 少し気まずそうにパトリシアは訊ねた。黄薔薇の姫は男性だけでなく女性にも人気がある。美しさ・強さ・賢さを全て揃えた彼女は国中の女性が憧れているのだ。特にパトリシアたちのような若い娘たちは同じ年頃でありながら未来の女王である姫にお熱だった。薔薇の姫はアイドルなのだ。そのことをよく知っているサリーは消え入りそうな笑顔で答える。


「わたしのことは気にしないで。ここで休んでいるわ。パレードを楽しんできて。」

「……ごめん。ありがとう!」


 パトリシアは少しでも近くで姫を見たくて外を出た。冷めたスープを食べるのもあれなのでサリーは顔を洗い、歯を磨いた。鏡を見たら自分の顔に引いてしまった。髪の毛はボサボサで目の下には青い隈ができていた。微かに温かいスープとパンを食べたら体と心はある程度満たされた。しかし心に開いた穴は塞がらない。


 外が騒がしくなった。姫と聖職者たちが近づいてきたのだ。黄色い歓声が大きくなっていく。男性より女性の声が大きいのは気のせいだろうか。若い娘たちの中でサリーはめずらしく黄薔薇の姫に興味を持たないほうだった。サリーにとって黄薔薇の姫は白馬の王子様より遠い存在だった。自分とはあまりにも世界がかけ離れすぎて……むしろ黄薔薇の姫は実在しているのか怪しい妖精に近かった。


 このように姫に興味ないサリーだったが、あまりにもみんながうるさいので窓を開けた。みんなが熱望する姫を一目見てみようと思ったのだ。冷たい風がサリーの意識を覚醒させる。たくさんの人が大通りの端に寄ってパレードを見ていた。人が多いのでパトリシアやアーニャがどこにいるのかもわからない。しかし姫の姿は一目でわかった。青いローブの女性が赤子の人形を大事に抱いている。白いベールから流れる長いウェーブの黒髪が美しい。どんな顔をしているのかとサリーがぼんやり眺めていたら姫はパン屋のほうを向いた。筆で描いたような完璧な眉。遠目から見ても長いまつ毛。形が整った目。彫刻よりも美しい鼻。薔薇色の頬と唇。化粧してますます洗練された姫の美しさに人々は歓声を上げていた。ただ一人、サリーだけ身が凍る思いをした。つい反射的に隠れてしまう。


(う……そ……!)


 見た目こそいつもと違うもののどう見てもあれはロザリーだった。今まで見たロザリーはすっぴんだったのだろうか。サリーはひどく混乱した。


(どうしてロザリーが……パレードに……?)


 わけがわからなかった。ロザリーはリリアンドの裕福な花屋の娘ではなかったのか。なぜ彼女は今ロサキネティカの姫として国民に歓迎されているのだろう。なにか事情があって姫の代理を務めているのか。それとも王族の親戚なのだろうか。


(まさか……ロザリーは黄薔薇の姫だったの……?)


 信じられないがありうる。お金持ちとはいえただの花屋の娘が美貌・気品・職業・お金の全てを揃えているだろうか。酒場を興味深く見ていたのも、良い服も着ているのも、金貨を躊躇なく使うのも、安い酒を知らないのも彼女が世間知らずだからだ。それでも訳がわからない。


(姫が……修道士と結婚……?)


 身分違いにも程がある。そもそも王位継承権はどうなるのだ。黄薔薇の姫は次期国王ではなかったのか。身分を捨ててロバートと隣国で花屋を営むというのか。


 そろそろ姫は通り過ぎたはずだ。サリーはフラフラしながら窓を閉めようとする。窓に手をかけた瞬間に修道士の列が目に入った。そしてすぐに愛しい思い人を見つける。


(ロバート……。)


 金髪の少年はず他の修道士と一緒に行進していく。彼は前だけを見ていた。サリーには気づかない。サリーはロバートが今この瞬間もロザリーのことを考えているのかと思うだけで足元が崩れた。

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