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第50話 希望と絶望

 サリーは薄着でがたがた震えていた。膝が見える短いスカート。胸元が開いたトップ。店のメニューを掲げ彼女はか細こい声で客寄せをしていた。


「いらっしゃいませー……。サービスしますよー……。」


 哀れなことに彼女は肌の露出が多くなった制服を着せられ外に立たされた。最低でも客を二十人呼ばないと家に入れないぞと父に脅されてしまったのだ。


「お願いします……。盗賊にお酒を盗まれたんです……。客を二十人呼ぶまで店内に戻れないんです……。」


 少女の色っぽい格好に釣られたのか、もしくは顔色も唇も青くした少女に同情したのか、案外早く客は集まった。最初は温かい店内に満足していたサリーと客だったが、客の一人が帰ろうとしたときにクレームがおきる。


「なんだよこの料金!?ぼったくりだぞ!」


 通常の酒場の倍以上の金額を請求された男性の酔いは冷めた。酒場の店主は客の機嫌を取ろうと営業スマイルを浮かべる。


「お客様~。申し訳ありません。当店は盗賊の被害に合いまして……おまけにこのまえ国からもらった補償金までスリに取られちまったんです。」


 店内がざわつく。サリーは無言で注文された酒を運んだ。


「そのためやむをえず値上げしたんです。……もしご不満でしたらお詫びと言っちゃあなんですが、うちの娘を触ります?体のどこを触ってもいいですよ。」


 急に店内が静まる。暖炉の焚火だけがパチパチとときおり音を立てる。サリーはぞっとした。なだめられた客は興味の対象を彼女に移す。


「しかたねえな~。それで勘弁してやる!」


 客の目は一斉にサリーに集まった。舌舐めずりする親父もいれば生唾を飲む若者もいる。店内は温かいはずなのにサリーだけ寒くなった。


「さあ、サリー。ここに来るんだ……。」


 店主がサリーを連れてこようとやってくる。彼からサリーにしかわからない不自然な笑みと優しさから威圧感が滲み出ている。


「いやっ!!」


 サリーはとっさにビールを彼にかけた。罵声を浴びながら彼女は薄着で酒場を飛び出した。幸い一時間も経たないうちに彼女は友人に保護された。


***


「ひっどい話ね~!」


 パン屋のカフェコーナーでアーニャは悪態をつく。サリーは助けを求めて外に出たら運良く買い物中のアーニャ・パトリシアとティファニーと遭遇したのだ。サリーのただならぬ様子を見て彼女を匿おうと少女たちはパトリシアのパン屋へ集まった。温かくて良い匂いがするパン屋でおいしい出来たてのパンと淹れたての紅茶を飲んでサリーはだいぶ落ち着いた。途切れ途切れでなにがあったか話すと三人の少女たちはかんかんに怒った。


「寒い中あんな格好で放り出すなんて!」

「娘をなんだと思ってるの?!」

「あんな破廉恥な格好、娼婦でもしないわ!」


 とりあえず借り物のショールとロングスカートでサリーの露出は押さえられていた。


「これ、セール品だけどよかったら着て。」


 一人だけ洋服店に戻ったティファニーは冬服が入った紙袋を差し出す。


「ありがとう……。」


 サリーはほっと胸をなでおろす。


―よかった……。わたしにはまだわたしを心配してくれる友だちがいたのね。


 本当は真っ先にミランダに助けを求めようと思ったが先に三人と会ったのだ。ティファニーが服を取りに戻るついでに雑貨屋に行ったがミランダはいなかった。


「……ねえ。これからどうする?」


 遠慮しながらもとうとうアーニャは言った。四人の乙女たちは考え込む。今のところサリーは安全だがいつまでもパン屋でお茶をするわけにはいかない。暗くなるまえにどうするか決めなければならない。最初に案を出したのはパトリシアだった。


「うちは一晩だけなら泊められるけど……それ以上となるとわからないわ。ママに訊かなきゃ。」


 四人は顔をひきしめる。サリー以外の三人はいざとなったら交代で彼女を泊めようと思った。


「一晩ならタダで泊められるけど、何日もここにいるなら働かなきゃいけない。」


 明日は生誕祭。十二月は生誕祭と年越しで稼ぎ時とはいえ人一人養うのは経済的に厳しい。店の経営者からしてみればサリーを住み込みで働かせないと割に合わない。パトリシアはサリーになにができるか質問した。


「料理できる?」

「……簡単なものなら。」

「パンは作ったことある?」

「……ないわ。」


 サリーは店内に陳列されたパンを一瞥する。


「ごめん……。ああいう凝ったパンは作れないかも……。」

「そっか~。」


 このやりとりで話は振り出しに戻る。アーニャは椅子の上で腕と脚を組んでう~んう~んと唸っていたかと思えば急に両手で頭を激しくかいた。


「ごめん!うち肉屋だからサリーにはきついかも!生肉とか血とかえぐいのムリだよね?」

「うん……。」


 四人は気まずくなる。アーニャはサリーを泊めることは構わないのだがサリーが泊まるには肉屋は適していなかった。


「ごめん!ほっんとにごめん!」


 アーニャは目をつぶり、くやしそうに自分のひざをつかみながら謝った。最後の頼みの綱はティファニーだ。パン屋の娘と肉屋の娘は懇願の目で洋服店の娘を見る。ティファニーはなんとか期待に応えようとサリーに話しかける。


「じゃあ裁縫は?」


 サリーはちょっと考えてから答えた。


「……人並みにできるわ。」

「本当?よかった!お針子として雇えるかも!」


 全員の目が輝いた。これでひとまず解決だ。アーニャはサリーを抱きしめ、パトリシアとティファニーは手を取り合って喜んだ。ここ数年親しいものとスキンシップを取っていなかったサリーはぎこちない笑みを浮かべつつも事態の好転に喜んでいた。


「結婚するまでわたしの店で働けばいいわ!なんだったら結婚したあとも働いていいし。」

「暗くなってきたし今日はひとまずうちに泊まりなよ。明日のパレードのあとティファニーの店に行けば?」


 生誕祭の日は通りは人で溢れるのでサリーの家族が彼女を探すのは困難だ。それを見越した上でパトリシアは提案したのだった。


「解決の糸口もつかめたし着替えたら?もうそんな格好こりごりでしょ?」


 ティファニーに促され、サリーはパトリシアの部屋を借りる。サリーは安心して露出がほとんどない長そでとロングスカートに着替える。


―よかった……。なんとかなりそうで……。


 今後の生活の宛てはついた。洋服店の裏でこそこそと服を塗っていれば両親に見つからないだろう。心に余裕ができたのでサリーは近い将来に思いを馳せた。


―結婚……。


 まだ同年代の知り合いで婚約したという噂は聞いてない。しかしそう遠くない未来でパトリアシアもアーニャもティファニーもサリーも結婚することになるのだ。サリーは未来の夫としてもちろんロバートを思い浮かべた。


―結婚するなら……ロバートがいい。


 黄金の髪。黄金の笑顔。適度な雲がある青空の下で輝く春の陽気をまとった青年。彼のことを思うと胸がトクントクンと心地良い音を立てる。


―……どうすれば彼と結婚できるのかしら?


 そんなことを想いながらカフェスペースへ戻ると三人の少女たちはおしゃべりの花を咲かせていた。


「やっぱり結婚するならお金持ちがいいな~。」

「こらこら!高望みしちゃダメだよ。」


 夢見るアーニャをパトリシアはたしなめる。


「わたしは優しくて無駄遣いしないで人なら誰でもいいかな~。」


 そう言ったのはテイファニーだ。そこへアーニャが水を差す。


「ほんと?四十歳のデブでもいいの?」

「太ってるのはいやだけど年上はありだよ。あと清楚感も大事。」


 驚くアーニャに笑うパトリシア。


「うちは下品じゃなければ年上でもデブでもいいよ。うちの作ったパンをおいしそうに食べてくれれば!」


 三人の乙女たちはきゃーきゃーはしゃいでいた。彼女たちも問題がほぼ解決したので関心が結婚に移ったらしい。


「そういえばミランダに聞いたんだけど、ロザリー結婚するらしいよ。」

「「ええええーーーっ!?」」


 パトリシアとアーニャは仰天した。二人とも勢いよく立ち上がってテーブルを叩いたものだから紅茶の残りが多かったら零れていただろう。


「うっそー!誰と?!」

「あたしらが知ってる人?」


 二人は興奮してティファニーに詰め寄る。サリーは悪い予感しかしなかった。


「それがね…………ロバートと結婚するんだって!!」

「「ええええーーーっ!?」」


 ショックだった。パトリシアとアーニャとは違う意味でサリーはショックだった。正面からペティナイフで心臓を抉られたようだ。体がふらついて背中を壁に預ける。しかし三人の乙女はサリーの異変に気づかず話を進める。


「ロバートってあのロバート?」

「修道士って結婚できるの?!」


 ティファニーは二人のリアクションが面白いのか、もったいぶって話す。


「それがさ……ロバート、修道士やめるんだって。」

「ええーーっ!?」

「ロザリーってリリアンドの花屋の娘でしょ?……この国を出て二人で花屋を継ぐんですって。」

「ええーーっ!?」

「きゃ~♡ロマンチック~!」


 アーニャは驚いてさっきから「ええーーっ!?」しか言ってない。パトリシアは赤面して両手を顔に当てた。


「いつ結婚するの?」

「詳しい日はわからないけど年が明けてから式を挙げるって言ってたわ。」


 三人はサリーの気持ちも知らずあいかわらずはしゃいでいる。パン屋の夫婦が注意するとようやくアーニャとティファニーは帰る支度を始めた。ティファニーが何気なくサリーを見たらかよわい友人が顔面蒼白になっていることに気づいた。


「ちょっとサリー!大丈夫?」


 サリーはなにも言わなかった。頭が真っ白になっていたサリーはやがて目の前が真っ暗になった。店内にはさっきとはまた別の悲鳴が出た。

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