表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/63

第5話 呼び出し

 (わたし)の住む城の中庭には美しい薔薇の庭園がある。日頃から欝気味の私を少しでも慰めるために作られたものだ。そこには世界中から集められた薔薇が互いの美しさを競い合うように咲いていた。私のためだけに作られた庭。そこに入ることを許されていたのは私とお父様とお母様と庭師だけだった。でもお父様もお母様も滅多に来ない。そんな秘密の花園に1人の青年が足を踏み入れた。落ち着かない様子で辺りを見回しながら一歩づつゆっくり進んでいく。


―オ、オレ……夢でも見てるのかな……?


 誰もいない無人の花園。小鳥の鳴き声も聞こえないこの場所は幻想的だった。ここにいるととても落ち着く。私だけのお気に入りの場所。でももうすぐ私だけの花園ではなくなるかもしれない。それは悪いことではなくむしろ良いことだった。


 青年の手には手紙が握り締められていた。未だにこの状況を飲み込めず彼は手紙を読み返した。


『フレデリック・ルプトーヴ子爵へ

明日、空が黄昏る時に城内の薔薇庭園であなたをお待ちしております。

                                    黄薔薇(おうばら)の姫』


 薔薇庭園に招待されたのはフレデリックだった。私に一番恋焦がれていた男性。彼は金色のインクで書かれた文字をまじまじと見つめた。


―誰かのイタズラじゃないよね?


 そう思うのも無理もない。フレデリックは私と話したことすらない。社交辞令で2、3回挨拶はしたけれど彼は緊張して挨拶すら返せなかった。そもそも彼にとって私が彼のことを覚えていたこと自体に驚いていた。でも私はちゃんと覚えている。彼自身は気づいてないが彼は容姿端麗だった。貴族の女性にも人気があったので彼の存在は知っていた。最近までフレデリックがかっこいいとは思わなかったけど。だって私のことが好きな男性なんて星の数ほどいるもの。私にアプローチしなかった彼なんて他の男性と大して変わらないわ。私に対する思いだけは認めてあげるけど。


 私が彼に興味を持ったきっかけは彼の特技だった。芸術家の家系に生まれたルピトーヴ家は元々平民だった。フレデリックの父親の代でようやく貴族の身分を買えるくらいの財産を築いた。そして先代の王の許可をもらい、子爵を名乗る許可をもらったのだ。子爵になっても彼の家族は絵を描く伝統を守り続けていた。私に送られたいくつかの肖像画もフレデリックが手懸けたものだ。私には絵を描く才能が全くない。そのぶん私は絵画を鑑賞するのが好きだった。だからこそ画家のフレデリックには興味がある。わざわざ鳩を飛ばして彼をここに呼び寄せたのだ。楽しいひと時を過ごせるといいけれど……。


―本当に姫は来るのかな?もしイタズラだったら貴族に顔向けできないよ。


 不安になっているのは相手も同じようだ。心配しつつ私より早く庭園に来た彼をかわいいと思った。まだ日は沈んでいない。


―姫だか仕掛け人だか知らないけど誰かが現れるまで帰れないな。


 何もすることがないフレデリックは薔薇を眺めた。赤、白、ピンク、黄色の薔薇が目に入ったが私のことを気にするあまり黄色い薔薇を見ている。


「綺麗な薔薇だな……。薔薇といえば赤なのに黄色い薔薇のほうが高貴だな。綺麗だけど控えめでそれでいて気高い……まるで黄薔薇の姫みたいだ……」

「お褒めいただき光栄ですわ、フレデリック」


 子爵は振り返った。心臓がひっくり返ったような顔をして私を見ていた。驚かせたことを悪く思った。でもたとえどんな言葉をかけたとしても彼は驚いていただろう。


「御機嫌よう、ルプトーヴ子爵」


 私は彼の緊張をほぐすように微笑んだ。


黄薔薇(おうばら)の姫です。そして、あなたの、憧れのお姫さま……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ