第49話 許可
謁見の間に人が五人。父と母は玉座から私とロバートを見下ろしている。……いや、心情だけ表すとしたら父がロバートを一方的に見下ろしていると言ったほうが正しかった。ロバートの右には私が、左には主教がいた。普段は威厳のある顔で公務をこなし、母と私の前では優しい顔をする父。しかしこのこの日の父はものすごく威圧感があった。
「……お主がロバートか。」
厳しい顔で父は話した。何も悪いことをしていないのに空気が重い。それともやはり修道士と王女が身分を捨てて結婚すること自体が罪なのだろうか。
「はい。陛下。」
ロバートは片膝をついたまま答えた。さすがに王であり私の父でもある人を前に冷や汗をかいている。横にいる私はロバートに申し訳ないと思いながらどうしてこんなことになったか振り返る。
実は私が父と話せる機会は少ない。安定した経済の維持、新しい法の可決、裁判の判決、他国の使者との謁見・交流、新しい発明の確認と王にはやるべきことがたくさんある。母いわく本当は娘である私ともっと話したり一緒に楽器の演奏をしたりしたいのだがそんな時間はないらしい。だからこそ家族三人そろった食事は神聖な時間だった。結婚について話したのも食事のときだ。
「お父様。お母様。私、好きな人ができたの。」
二人の手が止まった。食欲も忘れて私を見る。二人の目から鱗が出たあと、パチパチと瞬きした。
「まあ!」
「おお……!」
驚きはしたものの二人は喜んでいた。父は前から私に結婚して即位してほしがっていた。
「救婚もされて受け入れたわ。」
「まあ!」
父と母は顔を見合わせて笑った。父は一人娘が他の男に取られるのが今さら悔しくなったようで複雑な顔をしていた。
「そうかそうか。……で、一体誰なんだ?」
きっと父からしたら結婚相手はそこそこ身分が上で私を大切にしてくれる優しい男なら誰でもよかったのだろう。しかし残念ながら私はその期待を裏切ることが確定していた。
「お父様も知っている方よ。ロバート・チャーチヒル。」
父の顔から笑みが消えた。母も「え?」という顔をしていた。理想とはかけ離れた結婚相手に父の目と唇が左右に動く。
「チャーチヒルとは……主教チャーチヒルの養子か?」
かわいそうな父は娘が否定することを望んだ。しかし私も辛いが現実と直面しなければならない。
「ええ。聖書の授業で一緒に勉強している修道士よ。お父様とお母様も何度か見たことあるでしょう?」
再び両親は顔を見合わせる。一応何回か遠目でロバートを見たことはあるが、顔までは覚えていないようだ。
「ジャンヌが選んだ男なら文句は言わないが……その男と王位を継ぐのか?」
父は極めて冷静でいようと努めながら質問する。
「いいえ。お父様。申し訳ありませんが、私は王位を辞退します。」
さすがに今回は父も母も動揺を隠せなかった。特に父は自分が持つものをそっくりそのまま私に与えるつもりだった。父は額に手を当てながらなんとか言葉を絞り出した。
「……ジャンヌ。婚約者と会わせてくれないか?」
こうしてロバートは聖書の授業もない日に城に召喚されることになった。生誕祭で城も教会もそれなりに忙しい時期だった。謁見の場を厳重に立入禁止にして五人だけで話すことになった。言われた通りロバートを謁見の場まで連れてきたら父と母は玉座に座ってた。私とロバートは下座でひざまずき礼をする。礼が終わると私は立ち上がったがロバートは片肘をついたままだ。身分が低いので遠慮をしているのだろう。娘の婚約者を見る父の目は厳しい。
「噂は主教とジャンヌから聞いている。優秀な修道士らしいな。」
「いえ。まだまだでございます。」
ロバートはああ見えて神学校を主席で卒業した優等生だ。爽やかで優しくユーモアがあり、教会に通う信者の間でも評判がいい。主教は愛する息子のためにフォローを入れる。
「昔から面倒見が良くて頼れる子でした。」
「うむ。」
父は難しい顔をしたままだ。こんな父の顔は初めて見る。
「ロバートよ。結婚したあとはどうするつもりだ?修道士を続けるのか?」
聖職者の主教と司祭は結婚できないが、輔祭までなら結婚が許される。そのことを留意した上で父は質問を続けた。
「いいえ。国王の大事な一人娘と結婚するのです。姫は王位を辞退したのにわたしがこのまま修道士を続けることは罪です。ですから……修道士は辞めるつもりです。」
謙虚な答えに父は悩む。威厳を保っているように見えるがさっきから悩める父の心のうなり声が私にだけ聞こえていて気まずかった。
「ではこれからどうやって生きていくつもりだ?それにどこで……?」
これについては一通りロバートと話し合っていた。二人で出した結論は一見、突拍子もないようで妥当なものと我ながら思った。
「姫は……初めて会ったとき自分は花屋の娘だと身分を偽りました。」
少し前のことなのに懐かしく感じた。収穫祭に行くためマシューと色々打ち合わせして決めた設定だ。
「再会したときは他国の花屋の娘だと言いました。」
これはあのときとっさについた嘘だった。私と会うため国中の花屋を探してくれたロバートに言った苦しい嘘。彼にだけ重荷を背負わせまいと私も父に発言する。
「王女であることがバレたら大変だから嘘をついたの。ロバートには申し訳ないことをしたと思っているわ。町でできた友達にも同じ嘘をついた。」
「だからいっそのこと……嘘を本当にしようと思ったんです。」
父はロバートと私が何をしようとしているのかわからず困惑する。母は面白そうに私たちの話に聞き入っていた。
「他国の花屋の娘と言ったなら……本当に他国の花屋の娘になればいい。つまり、リリアンドに引っ越して二人で花屋を始めるということです!」
父と母は目を丸くした。主教はうんうんと頷いていた。
「だから貯金をはたいて引っ越して……。家はローンを組んで買って、苗や種を買って育てて売ろうと思います。」
意外すぎる計画に両親はぽかんとしている。
「陛下……!修道士の分際で陛下の娘に恋して申し訳ありません。でも本当に彼女のことが好きなんです。美人じゃなくても好きになっていたと思うんです。愛しているんです。ロザリー……じゃなくて姫を幸せにします!だから…………娘さんをぼくにください!!」
修道士と王女が両思いになり、駆け落ち同然の計画の許可を王と王妃に求める。ありえない。前代未聞だ。表の歴史には刻めない出来事だ。無理を承知で私は慌てて補足説明をした。
「私もロバートのことが好きなの……愛してるの!もちろん最初のうちは大変だからお金を借りるわ!今までずっと花を見るばかりで育てたことないから苦労するかもしれないけどがんばるわ!最近やっと野菜スープを一人で作れるようになったの!だからきっと園芸もできるように……。」
話が終わる前に父は玉座から立った。ほんの少しふらつきながら父はロバートへ向かって一歩一歩近づいていく。
「ロバートよ……。」
父の髪が揺れる。短髪で直毛だけど私と同じ黒い色。このとき父の頭の白髪が昔より増えたことに気づく。父はロバートの肩をつかむ。
「娘を……娘を頼む……。」
その手は震えていた。涙を流していた。母も私もロバートも修道士も驚いていた。父が泣くのを初めて見た。
「大事な一人娘なのだ……。華やかな人生を歩んできたように見えるが苦労も多かったんだ……。」
父が私を溺愛していたのは知っていたがここまで愛しているとは思わなかった。王位を継がないという親不孝な我儘も怒らず受け入れてくれた。このとき私は改めて自分が犯そうとしている罪の重さを知った。母も泣いた。主教もないた。ロバートも泣いた。私も泣いた。みんな父に釣られて泣いた。
「頼む……。私の娘を幸せにしてくれ……!」
ロバートは泣きながら父の手を握った。
「はい。必ず……!」
こうして私は王族から解放されることが決まった。結婚資金は母が出すと言ってくれた。