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第46話 祝福

 12月になり、ロサキネティカ王国に冬が訪れたが町は一日ごとに盛り上がっていった。クリスマスの飾りを売る者。プレゼントを売る者。薪を作る者。肉を干す者。ピクルスを作る者。クッキーを作る者。ラム酒入りのフルーツケーキを作る者。人々は生誕祭と新年に備えておのおの準備をしていた。誰しも生誕祭は贅沢をしたいし新年はゆっくり過ごしたいのだ。年末年始はどの店も閉まり人々は家に閉じ籠るのでみんな今のうちに必要なものを揃えようとしている。だから私の友人のミランダはクリスマスやプレゼントの雑貨を、アーニャとパトリシアは保存食を作っては売るのに忙しかった。


 忙しいのは雑貨店、肉屋、パン屋だけではない。芸術家のマシューとディーンも貴族に頼まれた絵を描いたり彫刻を作るのに必死だった。なにせクリスマス前までに仕上げないと注文がキャンセルされてしまう。しかも依頼人は複数いたり、一つ終わってもまた次の依頼が来たりすることはしょっちゅうある。マシューとディーンは暇なときミランダの雑貨屋のために内職していたのが懐かしい。「時間はあるけど金がない」とぼやいた2人にミランダが雑貨作りを頼んだのだ。マシューが木で彫った鳥にディーンが色を塗るということもあった。しかし今はそれどころではない。


 そんななか私は教会の祭壇の前で一人祈っていた。教会で生誕祭のパレードの打合せが終わったので会議室から抜け出してきたのだ。パレードまであと数日しかない。パレードでは東方の三賢者、牛、ロバ、聖職者たちが参列して歩くが主役は台で運ばれるマリア様だ。赤子の人形を抱くマリア様の役は王族か貴族の若い女性が務めることになっている。だから王族で一番若い私が必然的にやることになり、人々の注目を浴びる。前の年もその前の年も私が担当した。パレードのときはずっと目をつぶって早く終わることを願っていた。それでも城の外の世界が気になってときおり目を開けたら国民が喜んだ。「姫様と目が合った!」と。


 白いヴェールと青いローブを身に付け、聖マリアに扮した私は祈った。……生誕祭の成功を。国民の幸せを。国の繁栄を。しかし心に巣くう罪悪感は消えない。私はロザリオを握る手を強めた。


―神様…………姫である私が自分の幸せを願うことは罪ですか?


 好きな人ができた。自分の親の顔も知らない人だ。優しい人たちに囲まれて優しい青年に育った。神に仕える見習い修道士だが法律で結婚は許されている。身分差がどうでもよくなるくらい好きになってしまった。


―王位継承者である私なら国民を助けることができる。王位を継げばより多くの国民を救いより公平な国を作ることができる。


 隣国のハイビスカシアからめずらしいものを輸入することができるし、リリアンドから高度な技術を得ることだってできる。しかし莫大な富・名声・権力を得る代わり私事の行動は著しく制限されるだろう。今までみたいにときどきお忍びで城下町に行くことは不可能だ。ミランダとも会えなくなる。胸が痛んだ。

私はずっと迷っていた。ロバートが好きと認めることはできたものの、両親に彼と結婚したいと伝えることができなかった。母はともかく父は反対するかもしれない。大臣と宰相は大反対することが目に見える。一番厄介なのは他の王族だった。叔父・叔母・従兄弟が黙っていない。彼らは口から手が出るくらい王位を欲しているのだ。孤児の修道士が私とともに王位を継ぐと知ったら怒り狂う。下手したら継承者争いで内乱が起きる。


―王位を捨てて好きな人と結ばれることは罪ですか?国民を裏切ることと同義ですか?私は……どうすればいいのですか?


 正直、私は王位には固執していなかった。別に親族に王位を譲るのは構わなかったが国の行く末を憂いだ。彼らがこの国を愛し、国民のため尽くすのであれば王位を譲ってもいいと思っている。しかしつい最近まで人間不信だったため彼らとあまり話したことがない。当時、彼らの心を読んでわかったことといえば彼らが私を妬んでいたということだけだ。第一王位継承者にして国一番の美女であることが気に入らなかったのだ。そういえば私が10歳のとき従兄弟たちと剣術で手合わせしたら勝ってしまった。叔父・叔母はもちろん従兄弟たちは相当恥ずかしがっていた。年下の少女に負けてしまったのだ。叔父は自分の子どもが負けたのは手加減したかだと言い訳していたが彼らが手加減しようがしまいが私が勝っていただろう。そのことも気に入らなかったのかもしれない。従兄弟たちは複雑な心境だった。


(年下の少女に負けてしまった……一族の恥だ。もっと修行しなければ!)


(兄様や私ではなくこの女が王位を継ぐとは……生意気だ!)


(ジャンヌが王位を継げるということはわたくしにもチャンスが……いえ。無理ね。お兄様と弟がいるもの。)


(なんでこんな美女が従姉妹なんだ?胸も尻も態度も大きいじゃないか!しかも俺より頭が良くて剣術も優れていて王位継承権も高いだと……?おのれ!完璧すぎるだろう!!血縁関係が近すぎて結婚できないじゃないか!)


 年齢も血縁関係も私に近かった従兄弟たち。私に心を読む力がなければ……彼らの心がもっと広ければわかりあえたかもしれない。だがそんな日はもう来ないだろう。


 誰かに相談したかったが相談できる相手がいなかった。マシューだとロバートに嫉妬するし、マーサは難しいことはわからない。親友のミランダは私が姫であることを知らない。誰にも打ち明けられない思いを私はひたすら神に届けるしかなかった。


 扉が軋みながら開く音が聞こえた。巨大な十字架の横にある聖職者だけが使う扉だ。祈りが中断されて私は戸惑う。


「ロザリー……?」


 ゆっくり扉を開けたのはロバートだった。暗くてもその明るい金髪でどこにいるかすぐわかる。彼はいつもの礼拝服を着ていた。


「明かりもつけないでどうしたの?寒くない?城の人が探してたよ。」


 彼はぎこちなく笑う。緊張しているようだ。めずらしい。


「ちょっと一人で祈りたくなって……。すぐ終わらせるつもりだったから火はつけなかったの。」


 自分の城ならともかく他者の蝋燭や薪を勝手に使うことに抵抗を感じた。お金に困っていない私が教会と孤児院の家計に響くことはしたくない。ロバートは私が礼拝場にいたことを気にせず私の横に並ぶ。十字架のほうを向いて考えて混んだが……なにかを決意したように私と向き合う。


「ロザリーは……王になりたいの?」


 私は目を見開いた。奇遇だった。ちょうど私が悩んでいることについて訊ねられたからだ。実は数年前から私が王位を継ぐ可能性が高いと国中で話題になっていた。年上の従兄弟たちに勝るとも劣らない高度な論文を書き、彼らより剣の上だと噂されていたからだ。従兄弟たちが剣で負けたことは叔父と叔母が封印したがっていたが人の口に戸は立てられない。兵士や召使いたちが私の武勇伝をこっそり広めてしまったのだ。社交性に欠けているものの王に溺愛されており、国民の支持率が高いため次の王になるのは“黄薔薇の姫”が確実だと言われている。この国初の女王が誕生すると人々は興奮していた。


「わからないわ……。」


 私は正直に答える。


「正直、王位に固執はしてないの……。他に王になりたい人がいて、その人に王になる資格が充分あって……。」


 私は従兄弟の長男を思い出した。剣の試合では私に負けたが彼もまた文部両道だと聞いている。今、剣の腕を競ったら勝つのは彼かもしれない。


「……この国と民を愛していれば、その人が王になればいいと思うわ。」


 父が聞いたら残念がるだろう。彼は愛娘にこの国の全てを与えたがっていたからだ。


「そっか……。」


 ロバートは安堵の表情を浮かべた。しかしまだどこかよそよそしい。彼はむずむずした顔で下を向いていたかと思えば私の目をまっすぐ見る。


「ロザリーは……ぼくのこと好き?」

「えっ!?」


 今さらだが私は慌てふためいた。ロバートに城の書斎で告白されたもののまだ返事をしてなかったのだ。素直に好きと言えなくて、なんと答えればいいのかわからずずっと答えを先延ばししていたらとうとうそのときが来てしまった。彼は期待の眼差しを向けていたが唇だけイタズラっぽく笑う。ずるい。そういうところが好きで嫌いなのに。私は頭の天辺から足の裏まで熱くなった。彼は勇気を出して思いを伝えてくれたのだ。それに応えなければいけない。


「す、す、す、…………好きよ!悪かったわね!!」


……言えた。ついに言えた。やけくそだがなんとか本当の思いを伝えられた。だけどやっぱり恥ずかしくてそっぽを向く。ロバートはふふっと笑い、上機嫌な声で言った。


「ぼくも好きだよ。愛してる♡」


 もし私が火山だったらマグマを頭から噴出していた。なぜこの男はこんな恥ずかしい言葉をさらりと言えるのだろう。頭の中でマグマが龍のように暴れていたら彼は追い打ちをかけた。


「ロザリーはぼくのこと愛してる?」


 火山から再び大きく振動した。どこまで私の心をかき乱せばすむのだろう?頭がパンクしそうだったが誠実さが私の美学なので仕方なく答える。


「あ、あ、……あああ愛してるわよ!!」

「やったーーーーー♪」


 彼は両手を上げて万歳をした。そのまま勢いで私に抱きつこうとするがわけがわからなさすぎて平手打ちをしてしまった。


「『やったーーーーー♪』じゃないわよ馬鹿っ!」


 これは夢だ。夢に違いない……。告白というものはもっとロマンチックなはずだ。こんな喜劇ではないはずだ。そう信じたかったが私の顔の熱さも平手打ちした右手の痛みも夢とは思えないほどリアルだった。肝心のロバートは頬を押さえながらも笑っていた。


「ごめんごめん。嬉しくってつい……。」

「正直すぎ!!」


 晴れてカップルになれたものの彼とどう接すればいいかわからず腕を組んで背を向けた。帝王学も商学も哲学も外国語も聖書の先生もいたのになぜ恋愛の先生だけいないのだろう。こんなことなら昔会った占い師に聞いておけばよかった。


「お詫びにこれあげるから受け取って。」


 ロバートは勝手に私の左腕を握り、指になにかをはめた。


「え……!?」


 先ほどの怒りは吹っ飛んでしまった。指になにをはめたかわかるからこそ動揺した。私は恐る恐るそれを確認した。ドックンドックン……。自分の心臓の音しか聞こえない。それは左手の薬指にはめられていた。右手でそっと触れてみる。鉄なのに温かい。私の左手の薬指にはめられているのは、薔薇の花が彫られた銀の指輪だった。ロバートの真意を確かめるため顔を見る。彼は頬をほんのり赤く染めていた。


「その……。まだ修道士になったばかりで……本当の親の顔も知らないし……お金もそんなに持ってないけど……。」


 しどろもどろになりながら彼は言葉を綴る。


「それにハンサムじゃないし……本当はお姫様にこんなこと言うのもおこがましいけど……。」


 そんなに目を潤ませて顔を赤らめないでほしい。私まで同じ表情になってしまう。次の瞬間、彼の心の声と生の声が同時に聞こえてきた。


(王になってもならなくてもいいから、ぼくと結婚してください!!)

「王になってもならなくてもいいから、ぼくと結婚してください!!」


 目の前が真っ白になった。……かと思えば花畑になっていた。春になったと錯覚した。世界が輝いている。全てが報われた気がした。神に赦されたと思った。私は幸せになっていいのだと。喜びの涙を隠すことができなかったので、せめてもの抵抗に私はイタズラっぽく笑った。


「……いいわよ。結婚してあげる。」


 そう言った直後、小さな歓声がわあっと上がった。


「ロバートにーちゃーーん!おめでとーーーー!」


 いつから隠れていたのか、礼拝の席からロバートの弟分と妹分たちが飛び出してきた。私とロバートはぎょっとして目を合わせ、瞬きしたあとまた子どもたちのほうを見た。


「ロバートにーちゃんやるじゃん!」

「ロザリーおねーさんもかぞくになるんだね!」

「ろまんちっく♡」


 子どもたちは口々に感想を述べる。みんな同時に話すものだからどう対応すればいいかわからない。


「ロバートにーちゃんをよろしく!」

「おねーさんやっぱりおひめさまだったの?」

「おりょうりしっぱいしてもおこらないでね。」

「まほうでなんとかするから!」

「しあわせになってね!!」


 子どもたちは色とりどりのなにかを投げた。良い香りがした。よく見たらさっきから宙を舞っていたのはスパイスやハーブティーだった。今回の訪問で寄付したものだ。さっき一瞬春になったと思ったのはこれのせいだった。子どもたちは手に持っていたスパイスとハーブティーがなくなると床に落ちたものを再び宙に投げた。


「あーーーー!?貴重な香辛料と紅茶がーーー!!」


 一人だけ声変わりした男性の声が聞こえた。いつのまのかディーンもいた。彼は両腕を45度曲げ絶叫したが、やがてやれやれと諦めた。


「そのよう……なんか色々あって照れくせーが……。」


 好きな人の親友は頭をぼりぼりかいた。


「……おめでとさん。」


 年長者の祝福の言葉で、再び子どもたちの歓声が上がった。

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