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第42話 恋人

あけましておめでとうございます!

 私はふらふらと台所を抜け出した。出ていく途中あの若いシスターが「料理は初めてだったんですか?」「じゃがいもはまず洗ってから皮をむくんですよ」とフォローしてくれたが私は意気消沈していた。そう……私は料理をしたことがなかったのだ。それどころか生まれて初めて台所に入った。調理される前のじゃがいもを初めて見た。いや……正確にいえば図鑑で見たことがあるがあのときまですっかり忘れていた。


―馬鹿だわ……。本当に私は馬鹿だわ……。


 リビングルームの隅で私は縮こまっていた。私には自己嫌悪をする以外やることがなかった。


―なぜあのとき私は隣りのシスターをよく見なかったの?そうすればシスターがじゃがいもを洗ったあと皮をむいて切るところを見られたかもしれないのに……。


 見当違いなことをして恥ずかしいという気持ちよりシスターたちに迷惑をかけてしまって申し訳ないという気持ちが強かった。


―結局、私は一人じゃ何もできないんだわ……。一人で出かけることも、服を作ることも、料理を作ることも……。


 マーサはメイドの給料は安いから、と言って自分でセーターを編み、スカートを作った。ミランダもたまにいらなくなったカーテンや余った布を使って簡単な服や小物を作っているという。帝王学や法学よりそういう家庭的な技能のほうが実用的ではないかと思った。泣きたくなった。


―こんなんじゃ、ロバートと結婚なんてできない……!


 刹那、自分の考えに驚き顔を上げた。いつのまにか5人の小さい女の子たちが私をじっと見つめていた。私は「きゃっ」と短く叫び立ち上がった。


「おねーさんだいじょ~ぶ?」

「おなかいたいの?」


 なんということだろう。自分より年下の子どもたちを心配させてしまった。私は慌てて自分が健康であることを示した。


「大丈夫!どこも痛くないわ。料理でちょっと疲れただけ。」

「ほんと~?」

「本当!」


 子どもたちはまじまじと私の顔を見る。本当のことを言っているか見極めようとしている。嘘をついてないのにひやひやする。


「そっか!おつかれさま~。」


 私たちの間に流れていた緊張感は消えた。こっそりふう、と息をついたら今度は質問時間になった。


「ねえねえ。おねーさんはおひめさまなの?」

「それともおじょーさま?」

「へ?」


 気を緩める時間などなかった。むしろさっき落ち込んでいたのが気を緩めていることど同義だったのかもしれない。馬車で来たとき聞こえた質問だったのに、料理のことで頭がいっぱいだったため子どもたちにどう答えるか考えていなかった。


「ええっと……。」


 女の子たちが目を輝かせている。正直に「ええ。そうよ」と答えたら子どもたちは大騒ぎする。「ううん。違うわ」と答えたら女の子たちは落胆する。私は迷った。孤児院に来てから想定外のことばかり起きている。大騒ぎにならないで落胆させずにするにはどうしたらいいのだろう。女の子たちの目はキラキラを増していく。


「ロザリー!ここにいたんだね!」


 女の子たちが一斉に振り向く。ロバートは小さい男の子たちに囲まれながらこっちへ歩いてきた。好きな人の顔を見てほっとする。


「大丈夫?料理できなくて落ち込んでるって聞いたけど。」

「ロバーーートーーー!!」


 怒りと恥ずかしさで頭が爆発した。よりによって子どもたちの前でバラすとは……。いつも何考えているかわからない男だが、ここまで空気が読めない男とは思わなかった。


「な~んだ。おねーさんおりょうりできないんだ~。」

「わたしたちもまだできないよ~。」

「おねーさんえらいね~。がんばったね~。」


 女の子たちが慰めてくれたが複雑だ。もし体育座りのままだったらなでなでされていたかもしれない。


「だいじょぶだよ。おねーさんおひめさまだもん。」

「おりょうりできなくてもまほうつかえるから。」


 どうやら私はまだ魔法が使えるお姫様と思われているらしい。しかしこのかわいい天使たちに手をぎゅっと握られたり、腕にべったり巻きつかれたり、むぎゅ~と抱きしめられたら不思議と怒りはすうーっと薄れていった。


「ロザリーは料理が初めてだったんだね。気づかなくてごめん。手伝ってくれてありがとう。」


 今の一言で怒りは完全に消えた。やっぱりロバートは変だ。たった一言で私を怒らせることも喜ばせることもできる。次にロバートは子どもたちを見る。


「みんなもテーブルの準備をしてくれてありがとう。助かったよ。」


 女の子たちはふふっと笑い、男の子たちはえっへんと鼻を高くした。きっとこれが孤児院での日常だろう。ロバートは優しくて面倒見が良く、子どもたちは素直で良い子。このあとみんなで食べる食事はきっととても温かい。

 家庭的な場面に浸っていると、一人の男の子が急に話しかけてきた。


「なあ。ねーちゃんってロバートにーちゃんのこいびと?」

「え?」


 ずいぶん間の抜けた返事をしてしまった。王冠を被っていたらずれていただろう。子どもたちは男女関係なく叫んだ。


「ええーーー!?」

「やっぱりそーーなのーーー?」


 なぜそこで「やっぱり」と言ったのだろう。私とロバートは孤児院に来てからバタバタしていて恋人らしく接した覚えなどない。問題発言をした男の子は得意げに語る。


「だってロバートにーちゃんがおんなのひとつれてくるのはじめてだもん。」

「おねーさんロバートにーちゃんのこいびとなの?!」

「えっ?ち、違うわよ!まだそんな関係じゃ……!」


 大変なことになった。子どもたちの関心が私が誰であるかからロバートと私の関係性へ移ってしまった。2人の女の子が純粋な目で私を見つめる。


「まだこいびとじゃないの?」

「じゃあいつなるの?」

「……いまでしょ!」

「なんで!?」


 このノリは一体なんだろう。ついオチを担当した男の子にツッコミを入れてしまった。この前ミランダに孤児院に行くと伝えたら「女の子はマセてるから気をつけてね!」と言われた。だけど孤児院に来たら女の子たちは夢見がちでむしろ男の子のほうがマセてると感じた。言いだしっぺの男の子はふふんと鼻を鳴らす。


「きっとちゅーもしたんだよ。」

「「ちゅー!?」」


 思わず口元を押さえる女の子たち。さすがにそこはぴしゃりと否定した。


「してないわよ!!」

「まあまあ。ねーちゃんロバートにーちゃんとけっこんするんだろ?りょうりがんばれよ!」


 呆気にとられた。姫である私が小さい男の子に諭されている。城にいる者たちが知ったらどんな顔をするだろう。

 ふとブラウスの袖をひっぱられるのを感じた。大人しそうな男の子がおろおろしながらも私に忠告する。


「おねーさん。すなおにならないとモテないよ……!」


 ひそひそ声だったがみんなの距離が近すぎたため全員に聞こえた。子どもたちは大声で笑い始めた。また頭がカッと熱くなる。肝心のロバートは忠告した男の子に話しかけるところだった。


「素直じゃないところがかわいいんだよ~。」

「ロバート!!」


 笑顔で本心を語るロバートがときどき好きでときどき嫌いだ。私はもう馬車に乗って城へ帰ろうと半ば本気で思った。しかしドアへ歩き出した次の瞬間、妙齢のシスターが大声でみんなを呼んだ。


「ご飯ですよーーー!!」


 子どもの気が変わるのは本当に早い。お腹が空いた子どもたちは全力でテーブルへ走り出した。しかし子どもたちの中でも優しい子はまだ私とロバートのそばにいた。大人しい男の子はまた私の袖をひっぱる。


「おねーさんもいこ?」

「わたしおねーさんのとなりがいい!」

「わたしも!」


 質問が多い2人の女の子も私を待ってくれた。


「ロザリー……行こう?」


 正直すぎる私の好きな人は私の背中を押した。素直になれない私は顔を斜めに背けながらもテーブルへ向かった。

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