第41話 試練
30分後か1時間後だかわからないが、私はなぜか台所に立っていた。温かくて湯気が立ち、色んな音やいい匂いがする台所でぼーっとする私。私はなぜこんなことをすることになったか思い出していた。
興奮する子どもたちをなだめたのは意外なことにディーンだった。
「お~い!チビども~。静かにしないとお姉さんと会わせないしおみやげもやらんぞ~。」
「え~!やだ~~!」
「おみやげ~!」
「おねーさ~ん!」
駄々をこねる子どもたちをディーンは優しく諭す。
「お姉さんと会いたい人、手を上げろ~。」
女の子たちは一斉に「は~い!」と元気よく返事をした。
「おみやげほしい人、手を上げろ~。」
今度は男の子たちも手を上げ、元々手を上げてた女の子たちはその手にますます力を込めた。
「よ~し。じゃあみんな手を洗え~。昼ご飯の準備をするぞ~。」
すると「は~い!!」という返事のあと子どもたちは蜘蛛の子のように散った。
「自分の係は覚えてるな~?ひさびさのお客様をおもてなしするぞ~!」
あちこちから「は~い!」や「わ~~!」と返事や掛け声が聞こえてくる。全ての子どもたちが孤児院に入ったあとこう言われた。
「ロザリーはこっち。」
笑顔でロバートに手を引かれた先が台所だった。台所ではエプロン姿のシスターたちが調理に勤しんでいた。歳はバラバラだ。ロバートはシスターたちに私を紹介して手伝いに来たと伝えた。シスターたちは愛想よく挨拶をして口々に「まあきれい!」「どこのお嬢さんかしら?」「こんなにきれいな方と料理できるなんてうれしいわ」と歓迎してくれた。騒動を避けるため台所に連れてかれたのはいいが困ったのはその先だ。私はぎこちない手で変わった形の短剣を握る。若いシスターが私のもとへ来た。
「じゃがいもを切ってくれませんか?」
はい、と答えたら茶色くて丸いものを渡された。見た目に驚いたがそれを受け取ったときもっと驚いた。じゃがいもの表面はざらざらしていた。初めての感触だ。私の知っているじゃがいもは薄い黄色できれいに小さく四角形に切りそろえられていた。フォークで軽く刺せるくらい柔らかい。ところがこのじゃがいもは硬い。フォークで刺すにはそれなりに力がいる。
―と、とりあえず切ればいいのよね?
しかし台所を見渡してもじゃがいもを固定するものはない。なぜか目の前の台には木製の板が置かれている。剣の扱いには自信があるがこんな短剣でこんなに小さいものを切ったことはない。ここで失敗したら居心地がものすごく悪くなる気がした。私は必至で今まで受けた特訓を思い出す。だがじゃがいもを切るのに役に立ちそうな特訓は2つしか心当たりがなかった。1人で長剣の練習をするときは長い棒に綿を布で巻いたものを切っていた。その棒は倒れないように石の台で固定されていた。対人戦を想定した特訓だ。しかしじゃがいもを切るのに応用できそうになかった。じゃがいもをくくりつける棒も縄も台もない。もう一つ思い出した特訓は短剣で縄を切るものだ。自分が捕まったとき脱出できるようにと教えられた。だがこちらもじゃがいもを切るのに役に立ちそうにない。
「どうかしましたか?」
さっきじゃがいもを渡してくれたシスターがきょとんとした顔で私を見る。彼女の前にある台にはきれいに皮をむかれたじゃがいもが切ってあった。
―ああっ!?私はなんて馬鹿なの?ちゃんとシスターがどうやってじゃがいもを切るのを見ればよかった!!
私は体中の血が頭まで上がるような感覚を我慢して笑った。
「な、なんでもありませんわ!切ればいいんですよね?」
すると我ながら名案らしいことを思い付いた。どこかの国で男が自分の息子の頭の上に置いたりんごを弓矢で見事打ち抜いたという話を聞いたことがある。王族として祭典の儀式を行うため私も一応弓矢を習ったことがある。とにかく私はなにかしなければと思い行動を起こした。じゃがいもを思い切って投げ、続けて短剣も同じ方向に投げた。じゃがいもは壁にぶつかり、短剣はじゃがいもから少し離れた場所に刺さった。台所は異様な静けさに包まれた。叫び声すら上がらなかった。