第38話 優しい本音
「……ねえ。ロザリー。」
「何?」
当たり前のようなやりとり。あまりにも普通すぎて私は自分の過ちに気付くのにしばらく時間がかかった。
1秒後、ロバートの目が見開いた。3秒が過ぎて私は違和感に気づいた。5秒経ったときにはっとした。自分が最大のミスをしてしまったことに。
「ち、違うの……。あなたを騙そうとしたわけじゃ……!」
完全に油断していた。緊張する聖書の授業が終わって、紅茶を飲んで気が緩んだ。ロザリーと呼ばれたことに返事をしてしまった。とぼけることもできたはずなのに思いつかなかった。口から出てきたのは弁明の言葉。テイーカップが倒れた。紅茶がテーブルクロスを染めていく。もう手遅れだった。
「やっぱり。ロザリーだったんだね。」
どう対応すればいいかわからなかった。収穫祭で初めてロバートと会ったことから城で再会するまでの出来事がフラッシュバックする。…………私は恐かった。恐くて恐くて仕方がなかった。ロバートに嫌われることが。
「わ……私は……!!」
心臓がバクバクする。視点が定まらない。目の前にいるロバートがぼやけていく。フレデリックにフラれたときと似ていた。幸せが崩壊する瞬間。頭がパンクしそうなのに精神が研ぎ澄まされていく。心を読む力が暴走しかけていた。
―お願い……私を嫌わないで!!
そう思った瞬間、ロバートの心の声と生の声が同時に聞こえてきた。
(よかった。本当の君と出会えて。)
「よかった。本当の君と出会えて。」
私の心が静まった。一字一句変わらぬ言葉。暴走しかけた私を止めたのは偽りのない温かい言葉だった。
「事情があったからロザリーって名乗ったんでしょ?」
ロバートは怒っていなかった。困った笑顔で私に語り続ける。
「嫌いになんてならないよ。ロザリーが花屋の娘でもお姫様でも……好きだから。」
夢のような言葉に私は困惑した。これは夢だ。夢に違いない。だってこんな都合が良いこと、起こるはずがない。
金髪の修道士が一歩ずつ私に近づいてくる。
「友達でもいいからこれからも一緒に……ううん。やっぱり友達じゃいやだ。これからもロザリーと一緒にいたい。できれば……恋人として。」
「ロバート……!」
ロバートはずるい。どうしてこんなに優しく笑うのだろう。どうしてこんなに堂々と本音を言えるのだろう。心を読まなくてもわかる。嘘をついてないと。両目がじんわりと熱くなる。
「ロザリー。」
ロバートが両手を広げた。……ずるいと思った。優しい笑顔であんな言葉を言われたら、飛びこむしかない。私は迷わずロバートの胸に飛び込んだ。彼は優しく私の体を包み込んだ。背中に彼の手の平の感触が伝わる。
「うっ……うっ……。」
もう我慢できなかった。私は子どものように大声で泣いた。
「うわああああああああああああん!」
泣いた。泣いた。思い切り泣いた。好きな人に抱きしめられる。夢にまで描いた光景がやっと現実になった。私の好きな人は泣き始めた私にうろたえず、背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。
「よしよし。大丈夫だよ。」
「うっ……うっ……うっ……。」
ロバートは私が泣きやむまでずっとそうしてくれた。たくさん泣いて心が晴れるとようやくしゃべれるようになった。
「これ……夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ。」
私はじーっとロバートを見る。ロバートも私を見る。
「……もし夢だったら、起きたあと教会に行って殴るわよ。」
「ぶふっ!」
ひどい奴だ。私は真剣だったのに笑いだしたのだから。
「あははっ!寝起きに姫と会えるなんて幸せです。歓迎しますよ。」
私はロバートから体を離した。
「やっぱり嫌い!」
「え~~?」
なんだか悔しくてそっぽを向く。私はしかめっ面をしていたのに、明らかにかわいくない顔をしていたのに、ロバートは「かわいい」と言って笑っていた。