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第34話 聖書の時間

挿絵(By みてみん)


―嘘……!


 私は目の前の光景を信じられなかった。城にいるはずのない青年がいる。金髪碧眼の修道士。見間違えるはずがない。ロバートだ。思わず口を大きく開け、目を見開いてしまう。それは相手も同じだった。


(えっ!?ロザリー?!)


 彼は私を頭の天辺からつま先まで見る。彼の思考が私に流れ込んできた。


(川のように流れる美しい髪……夜空を宿す瞳……薔薇の蕾のように愛らしい唇……。どこから見てもロザリーだ……!ディーンがロザリーが姫かもしれないって言ってたけど本当だったのか?)


 ロバートは姫としての私を見て親友の推理の信憑性が増したと感じている。


―しまった!ディーンが感づいていたのね!


 動揺したせいでロバートの心を読んでしまった。もっとも、私が平静を保っていたとしても彼の心の動揺を感じ取ってしまったかもしれない。私は冷静になろうと目と口を閉じる。


「初めまして。ご機嫌麗しゅう。私はジャンヌ・ロサキネティカ。王位第一継承者よ。」


 美しく優雅に堂々な振る舞う。それが私の役割。ロバートは口を開けたままだった。


「……ロバート。どうしたのですか?」


 彼はぽかんとしていたが、主教に名を呼ばれ気を取り直す。


「い、いえ。なんでもありません。」


 ロバートは一瞬だけ私を凝視するが目をそらし、ふうーーと息を吐く。彼なりのリラックス方法なのだろう。


「初めまして、姫。ロバート・チャーチヒルです。この度はお会いできて光栄です。下々の者ですがどうかよろしくお願いします。」


ChurchHillチャーチヒル


“丘の教会”を意味するラストネーム。確か司教のフルネームはギルバート・チャーチヒルだ。


―同じラストネーム……司教の息子か孫なの?


 気になったがとりあえず礼をする。


「こちらこそよろしくお願いします。」


こうして私たちの奇妙な共同授業は始まった。



***



 聖書の授業を3人で行うようになっても特に変わったことはなかった。意見を言う生徒が2人になっただけで意見の衝突はない。ロバートも私も真面目なので授業中は不愉快な思いをしなかった。


「本日の授業はルカによる福音書17:21bから始めます。」


 司教に言われて私とロバートはせっせと聖書とノートを開く。


「ロバート。読んでください。」

「……さて、ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて仰せになった、「神の国は目に見える形で来るのではない。また、『見なさい、ここに』とか『あそこに』とか言えるものでもない。神の国は、実にあなたがたの間にあるのだから。」」


 ロバートは音読が上手だ。今日もさらさらと一度もつっかえることなく指定の個所を読み上げた。司教もそれは承知しており満足していた。


「はい。ありがとうございます。それでは二人にお訊きします。“神の国”とはなんでしょうか?」


 私たちは黙って考え込む。しかしロバートはすぐに口を開く。


「終末とはまた違いますよね?」

「良い質問ですね。終末と神の国は違います。……姫。終末とはなんですか?」


 司教の目を見て私は答える。


「終末とはこの世と来るべき世の境界。神が人々を選別し裁きます。善人は生き残り、悪人は亡くなります。そして新しい世界へと生まれ変わります。」

「その通りです。では、神の国とは?」


 今回の授業はさすがに難しい。私もさすがに黙ってしまう。


「もしかして天国?」


 ロバートは再び予想する。どうやら授業のときもプライベートのときも思いついたことを片っ端から言う性格らしい。


「そう考える理由は?」

「え~っと……。」


 私は冷静なときはよく考えてから行動する。しかしロバートは行動してから考えることが多い。私は自分の知識を駆使してなんとか司教の期待に応えようとした。


「“神の国”とは神と天使たちが住まう国。天国と同義語かと思われます。」


私の意見を聞いてロバートは少し嬉しそうな顔をした。


「おそらく今までの聖人だけでなく亡くなったキリスト教徒の方々もいるのでしょう。『死んだ人とはいつでも会える。なぜならあなたの心の中にいるから。』という言葉があるように、神の国とは私たちの心の中にあるのではないでしょうか?聖書でもイエスが『神の国は、実にあなたがたの間にあるのだから。』と言っています。」


 司教はうんうんと頷いた。そこへロバートがおいしいところを持っていく。


「つまり、“神の国”もしくは天国は僕たちの心持ち次第ということですね!」

「……そうですね。」


 こうして私たちの問答は続く。最後は司教が「聖書も物語も解釈は人それぞれです。どんな解釈だろうと一概に間違いとは言えません。しかしあなたたちの答えはどちらかというと正解のほうでしょう。」と締めくくる。


 授業が終わって私は胸を撫で下ろす。勉強するのは好きだが疲れるものは疲れる。ロバートも授業が終わってほっとしたようだった。ふと彼と目が合う。彼はにっこり笑った。ロザリーに対して浮かべる微笑みと全く同じものだった。私は無視をした。ロザリーのときみたいにぷいっと顔を背けると私がロザリーに扮していることがバレてしまう。姫でいるときはそっけない態度を取るようにしていた。









 ドアがコンコンと鳴る。メイド長が司教とロバートを迎えに来たのだろう。彼らはいつもメイド長によって門まで送られる。


「入りなさい。」

「失礼します。」


しかしこの日は違った。メイド長はワゴンを押しながら部屋に入ってきた。


「喉が渇いたと思い、飲み物をお持ちしました。司教様とロバート様もぜひ……。」


 ワゴンにはティーポット、ティーカップ、お茶菓子の他にクランベリージュースが入った容器とグラスもあった。


「これはこれは……わざわざありがとうございます。」


 司教は感心していたが私はぎょっとした。


(あれ?クランベリージュース……?)


 ロバートもクランベリージュースに反応した。実はロザリーとして町へ出かけているとき、ロバートの前でクランベリージュースを注文したことがあるのだ。


―なんでよりによってクランベリージュースもあるのよ?!気を利かせたつもり?ロバートに私がロザリーだってことバレちゃうじゃない!!


「最近冷えてきましたし紅茶はいかがですか?それとも搾り立てのクランベリージュースがいいですか?姫様はクランベリージュースが好きで……」


 私はぎろりとメイド長を睨む。


「今日はいらないわ。紅茶をちょうだい。」


 イライラしてついきつい口調になってしまう。メイド長はなぜ私が睨んでいるかわからず少し動揺していた。


「では私は紅茶を頂けますか?」


 唯一平常心だったのは何も知らない司教だけだった。


「かしこまりました。ロバート様は?」

「僕も紅茶で……。」


 こうして私たち3人は予期していなかったアフターヌーン・ティーの時間を過ごすことになった。メイド長はワゴンで控えている。ロバートは私をじーっと見ていた。紅茶を飲んでいるときも私から目を離さない。メイド長の気遣いが発端となった怒りだが、ロバートによってますますイライラしてきた。


「……何ですか?」

「いや……紅茶飲まないのかなって……。」

「今から飲むところです。」


 そう言ってぐいっと紅茶を自分の口に押し込む。しかし数秒と経たないうちに後悔することになった。


「あちっ!」


 みんなの視線が私に集まった。私は罰がわるそうにティーカップとソーサーをテーブルに置く。


「ふふっ。」


 ロバートがくすっと笑う。私は頭に血がのぼった。


「笑わないでよ!」

「すみません。姫様は猫舌なんですか?」

「そうよ!悪い?」


 メイド長はハラハラと私たちを見守る。司教様はのんびりとくつろいでいた。


「あははっ。いえ、全く。いや~。クランベリージュースが好きなとことか怒りっぽいとこが僕の知り合いと似ていてつい……。」

「誰だが知らないけど似てないわよ!!」


 私は彼から顔を背けた。王族なのに下々の前で恥をかいたというより、ロバートにかっこわるいところを見られたのが恥ずかしかった。


「姫様。紅茶が熱いのならこのクランベリージュースを入れたらどうですか?北の国のヒースハイデでは紅茶にジャムを入れるそうです。だからきっとジュースでも……。」

「いやああああああああああああああ!!勝手に入れないでえええええええええ!!」


 私が立ち上がったときはもう遅かった。ロバートは私の許可もメイド長の許可も取らず勝手にクランベリージュースを取り、私の紅茶に注いでしまった。メイド長の顔は見てないが心の声を聞く限り顔が引きつっているのだろう。


(ひ、姫様になんて無礼を……!)


 司教は私たちを気にせずあいかわらずのんびり紅茶を飲んでいた。私はロバートに対してカンカンだった。


「無礼者!私を誰だと思っているの?!」

「姫様でしょ?姫様のためによかれと思ってやったんですけど……。」

「あなたもメイド長も余計なことしないでよ!」


 空気となっていたメイド長は内心「あっ。やっぱり怒ってらしたんですね。」と思っていた。お酒が飲めないから行事でワインの代わりにクランベリージュースを飲んでいるのがバレるのが恐いわけではないが私が怒る理由はそこではない。ロバートはにこにこと言い訳をする。


「まあまあ。とりあえず飲んでみて下さいな。けっこうイケると思いますよ。」

「うるさいわね!」


 私はクランベリージュース入りの紅茶を一口飲んだ。……けっこうイケる味だった。

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