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第33話 変化

挿絵(By みてみん)


 チリンチリン……。


 耳元で鳴るベルの音で目が覚める。昔からの習慣。



「姫様、お目覚めの時間でございます。」


 メイド長に起こされ、私は起き上がる。すると次々にメイドたちが部屋に入り「おはようございます、姫様。」と挨拶する。


「今日はどのお召し物になさいますか?」


 今日は聖書の授業がある。主教が若い聖職者を連れてくるらしい。初見で“黄薔薇の姫”とわかるように黄色いドレスを着ることにした。しかし高慢や根暗な性格とは思われたくない。どの黄色いドレスを着ようか迷ったところ、昔母から贈られたほとんど袖を通していないドレスがあったことを思い出す。


「黄色と橙色のドレスにするわ。」


 メイドたちは首を傾げ、互いの顔を見合わせる。仕方なく私は最近使っていなかった心を読む力を使う。


(黄色と橙色のドレス?)

(そんなドレスあったかしら?)

(新作かしら?)


 無理もない。私ですら存在を忘れていたドレスだ。


「左のキャビネット。一番下の引き出しの奥。」


 メイド長が目配せするとメイドたちが慌ててドレスを取りに行く。そしてメイドたちによって私はお目当てのドレスに着替えさせられた。


 今さら説明するが、私たち王族は家族と過ごす食事の時間を大切にしている。よほどの用事がない限り、父と母は私と食事をした。母は父の隣りに座り、私はテーブルを挟んで2人の正面に座る。ナイフとフォークの規則正しく控えめな音を立てながら進む食事。母は私が着ているドレスを見て機嫌を良くした。


「そのドレス、久々に見たわ。また着てくれて嬉しい。」


 慎ましい言い方だが母が心から喜んでいるのがわかる。


「もったいないからなかなか着られなかったの。」


 母を気遣ってこう返した。父は「うむ。」とだけ言う。再びナイフとフォークの音だけがダイニングルームに響く。父は私に何か言いたそうにときどき私の顔を伺っている。失礼だが父の心を少し覗いてみた。


(う~む。姫もそろそろ結婚する年頃だが……一か月前、急に荒れて以来この話はしにくくなってしまった。しかし最近機嫌が良さそうだし話していいのか?……いや、機嫌が良いのはこっそり外出しているからか。友達でもできたのか?今度マシューかマーサに訊いてみよう。)


 どうやら私がマーサと入れ替わってこっそり外出していることは薄々感づいていたようだ。私は父に気を使わせて申し訳ないと少し反省した。心を読むのをやめて食事に専念していると、父は私に話しかけてきた。


「姫。最近なんだか楽しそうだが、何か良いことでもあったのか?」


 私は用意しておいた回答をさらりと言う。


「いえ、特に。生きていることが素晴らしいということに気づいただけですわ。」

「そうか。」


 私の笑顔に満足したのか、父はそれ以上追及しなかった。代わりに母が話しかけてきた。


「最近のあなたは本当に楽しそうだわ!前より笑うようになったし。」

「えっ。」


 どうやら母が上機嫌なのは私のドレスだけが原因ではなかったらしい。


「そうかしら?」


 父はうんうんと頷く。母は話を続けた。


「そうよ!今なら素敵な肖像画が描けそう。今度家族で描いてもらう?」

「……考えておくわ。」


 メイドたちは空になったメインディッシュの皿を運んで行く。デザートが来る前に父は言った。


「城下町に行きたくなったら言いなさい。お忍びでも公的な行事でもいいから。」


 やはり今までの外出は暗黙の了解となっていたようだ。次からは両親にちゃんと告げた上で外出しようと決めた。



***



 コンコン。


 食事を終え、自室で聖書の予習をしているとドアがノックされた。しかし聖書の時間にしては早い。


「入ってちょうだい。」

「姫様~~~~!」


 許可を出したとたんメイドのマーサが部屋に飛び込んでくる。


「姫様~~~!今日のドレスかわいいッス!」

「ありがとう。」


 身分をわきまえ、抱きついてはこないもののマーサが興奮しているのは明らかだった。


「姫様なんか変わったッス!前はこのドレス似合わないと思ったけど今は似合わなくもないッス!」

「褒めているのよね……?」

「もちろんッス!」


 母は私が前より笑うようになったと言っていた。父も同意見だった。


―変わった……。私は変わったのかしら?


 自分のことだがよくわからない。しかし両親も身近なメイドもそう言っているのだからそうなのかもしれない。


「これもお忍びデートのおかげッスね!」


 マーサのとんでもない発言に私の頬が熱くなる。


「なっ……!?別に私とロバートはそんなんじゃ……!」

「え?あたしはマシューやミランダのことを言ったんスけど。」


 私は額まで熱くなった。今度は頬だけではすまない。


「ロバートってミランダの店に来た平民のことッスか?……あたし、あいつ気に食わないッス。姫様に馴れ馴れしいッス。」


 マーサは深いまぶたをつりあげる。この件に関してはマシューと同意見のようだ。


「でもミランダは良い子ッスね~。あたしもミランダとなら友達になれそうッス。」


 よく考えたらマーサはいつも私に変装して留守番をしている。私が城下町で遊んでいる間、彼女は私のふりをして自室に引きこもっているのだ。彼女の本来の仕事を疎かにして私のわがままに付き合わせるのはそろそろやめたほうがいいと思った。


「そうね……実は私が外出していること、お父様にバレているみたい。」

「なんと!?」


 マーサは眼を丸くするが慌てて付け加える。


「でも怒ってないみたい。むしろ外出するときは教えてほしいって。今度マーサも一緒に連れて行っていいか訊いてみるわね。」

「やったーーーーー!!」


 マーサは両手を万歳して喜んでいた。


「それで、何しに来たの?」

「ドレスの感想を言いたかっただけッス!」


 それだけのために彼女は本来の仕事をサボって部屋に来たのだ。マーサは田舎育ちのせいかマイペースなところがある。


「そう。ありがとう。メイド長に叱られる前に持ち場に戻ったほうがいいわよ。」

「りょーかいッス!」


 謎の敬礼をしてマーサは去っていった。私は必要な物を持って聖書の授業へ行った。



***



 一足先にいつも授業を行う部屋で待っていると、書斎から司教が現れた。この勉強部屋は書斎と繋がっている。気になる本をすぐ読めるようにこのような造りになっているのだ。


「姫様。ごきげんうるわしゅう。」

「ええ。司教様も元気で何より……。」


 司教の礼にドレスのスカート部分を持ちあげて応える。


「本日はお共に若い聖職者を連れてきて参りました。……ロバート。入りなさい。」


―え?


 知っている名を聞いて体が硬直する。そして書斎から現れた彼を見て、私は完全に思考停止に陥った。黄金の髪。青い瞳。ベージュとアイボリー色の修道士の制服。ロバートは初めて会ったときと同じ姿で私の前に現れた。

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