第32話 お茶会
ある晴れの日の朝。ミランダはロザリーとマシューをお気に入りのカフェに連れてきていた。今回はロバートとディーン抜きだった。マシューの提案でいつもより待ち合わせ時間を早くし、遠回りをしたおかげか今日は彼らとは会わなかった。
ミランダはいつものように質素だけど女らしい服を着ていた。胸元に交差したリボンがついていいて袖が少し広がっているベージュのカットソー。そしてよく穿いている茶色のロングスカート。地味に見えないのは快活な性格のおかげだろうか?とにかく彼女に似合う服だった。
私はこの前ティファニーの店で買ったアイボリーのワンピースを着ていた。胸元が開いているし、秋にこれ一枚では寒かったので中に茶色いカットソーを着ている。お忍びで出かける機会が増えてからオシャレが楽しくなった。大切な行事や舞踏会では黄色いドレスを着ると「いつも黄色いドレスでつまらない」と陰口を言われた。だからと言って違う色のドレスを着ると『黄薔薇の姫なのに……』と内心馬鹿にされた。
「きゃーーーーーー♡それこの前買ったワンピースでしょ?!超似合う!!」
新しい服で来た私を見て早々ミランダはピョンピョン跳ねる。せっかくだからと言って私の髪を三つ編みにしてくれた。そう言うミランダも髪をハーフアップにしている。気分転換だそうだ。
私たちは店に着くとマシューを挟んで丸型のテーブルに座った。3人でミートパイと紅茶を注文すると、ミランダはニコッと笑った。
「ロザリー今日もきれ~~い!そのワンピ超似合ってる♡もう女神じゃん!ほらほら、さっきからみんなロザリーを見てる~~!」
「あ、ありがとう……。」
確かに町に来てから視線を感じる。ただ普段からみんなに見つめられているのでいつもとどう違うかわからない。
「しーーーーっ!ミランダ、声が大きすぎる!」
マシューは小声でミランダを注意する。ただでさえ注目を浴びているのにミランダの大声でますます注目を浴びてしまった。ただ、見られているのは私だけではないと思う。ミランダは美人ではないがエネルギッシュで不思議と人を惹きつける。きっと雑貨屋の店長になるという夢に向かって日々努力しているから輝いているのだろう。しかも意外と気配り上手だ。だから男友達も女友達も多いのだろう。
自分も注目されていつことに気づかず、ミランダは声のボリュームを落として話を続ける。
「だって本当にきれいなんだもん♡あたしが男だったら放っておかない!」
私の服のせいか、それともロバートとディーンがいないせいか、彼女はいつもよりご機嫌だった。私はマシューの顔を見た。心を読まなくても「ミランダが男じゃなくてよかった……」と呆れているのがわかった。
「それよりマシュー。あんたの服どうにかしたら?その緑の服、まるで小人よ。」
「小人じゃないし!」
マシューは思わずテーブルを叩いて立ち上がった。私はクスッと笑う。いつもの染みだらけのYシャツよりマシだが、緑の上下はどうかと思う。
「じゃあ木こり?」
「木こりじゃないし!」
頬をふくらませてマシューはドカッと椅子に座る。最年少だからこそ許される行動だ。私は話題を変えようとティーカップについて触れる。
「それより見て。このティーカップ、昔マシューが作ったんだって。」
「へえ~。食器も作れるんだ!」
褒められてマシューはエヘッと照れる。
「うん。この店、ボクの工房の作品を気に入ってるんだ。」
像から食器まで作れるマシューは彫刻家だ。手先が器用で私も尊敬している。
「でもサイズが不揃いね。あたしとロザリーが使ってるやつはまあ良いけど、マシューのやつ小さくない?」
「た、大量生産は苦手なんだよ!ボクはこの世で一つしかないものを作るのが得意なの!」
ミランダはいつも一言多い。しかし言われてみればマシューが作る作品は像や置物など一点物が多い。同じものをたくさん作って売るのが商売な雑貨屋の娘の評判は厳しい。
「う~~~ん。残念だけどうちの店はマシューの作品は扱えないわね~。」
「そんなこと頼んでないし!」
強がっているが気にしているようだ。しかし気持ちの切り替えが早いミランダはすぐ別のことを思いつく。
「あ。ミートパイも食べ終わったことだし、そろそろガールズトークしたいから悪いけど席外してくれる?あたしたちの話が聞こえない距離に座って。あと他の男があたしたちに話しかけないように見張ってね。」
マシューはティーカップを持ってすごすごと立ち去った。手作りのティーカップを見ながらぶつぶつ独り言を言い始めた。しかし私たちに興味を持った男を見かけるとギロリと牽制する。どうやら仕事は果たしてくれるようだ。
ミランダはんん~~と伸びをした。
「それでさ。前から訊きたかったんだけど……。」
「なあに?」
めずらしくミランダが前振りを言う。私はさほど気にせず紅茶に口をつけた。
「ロザリーってロバートのこと好きなの?」
口に含んだ紅茶は喉を通らず逆噴出された。こんなはしたない行動は初めてだったが、恥じる余裕などなかった。心拍停止には至らなかったが思考停止に陥っていた。
「ごめん!ロザリー!大丈夫?」
「ゲホッゲホッ……はあ??」
頭に浮かぶロバートのさわやかな笑顔。それを見てすぐに脳内の剣で百回ほど切りつけた。
「す、好きじゃないし!」
「落ち着いて、ロザリー。さっきのマシューみたいよ?」
私は自分の気持ちを誤魔化そうと紅茶を飲もうとした。だけどティーカップの中は空だった。ミランダは罪滅ぼしのつもりで紅茶を追加注文する。私の分だけでなくマシューの分もさりげなく頼むところが優しい。
ウェイターがいなくなると話を再開した。
「あんなやつ、興味ないわ!」
「じゃあ嫌いなの?」
「き、嫌いよ!」
私はそっぽを向く。初めて私に馴れ馴れしく話しかけた青年、ロバート。ダンスに誘ったり、友人とのお出かけに勝手についてきたり、同じ飲み物を頼んだりしてくる図々しい少年。でもどうしても気になってしまう存在。彼の名を聞くと、思い出すのは彼の笑顔ばかり。
「ほんと?邪魔だけど邪険にしないから嫌いじゃないと思った。」
―うっ。
今のは言いすぎだろうか?この場にいない彼に対して罪悪感が生まれる。
「それにロザリー、よくロバートのことチラチラ見てるし。」
―そんなに見てたかしら!?
言われてみればミランダと会話しながらときどきロバートの様子をうかがっていたような気がする。たまに目が合うとロバートはニコニコと手を振った。そして私はふんと冷たく目をそらす。
「やっぱり嫌い……じゃないわ。」
「だよね!」
ミランダの顔がぱあっと明るくなった。
「あたしもあいつのこと嫌いじゃないわ!うざいけど悪いやつじゃないし。そもそも修道士に悪いやつはいないよね!ただあたしがロザリーと出かけるとき勝手についてくるから困るだけ。」
彼女は腕を組んでうんうんと頷く。
「あたしがいないときならいくらでもロザリーと会っても別に構わないのよ。やれやれ……。このこと、ロバートわかってるかな~?」
ミランダは両手をヒラヒラさせた。しかし私は戸惑う。
―ロバートと会う?……マシューと一緒に?それともマシュー抜きで?
どう考えても違和感があった。私は自分がどうしたいか、ロバートとどうなりたいかわからなかった。顔を上げるとミランダが私を温かい目で見守っていた。
「あたしはロバートとロザリー、けっこうお似合いだと思うけどな~。」
「!?」
ミランダは私の手を取りぎゅっと握りしめる。
「あたしたち、友だちでしょ?あたしはいつだってロザリーの味方だからね!!ロザリーがその気になったら応援するから!」
「ええ……。」
私はぎこちなく微笑んだ。自分の気持ちに整理はつかなかったが、ミランダの満面の笑顔に癒された。
「さ~て。そろそろマシューを呼び戻そうか!」
そう言ってミランダは立ち上がると大声でマシューを呼んだ。
挿絵はかなり適当に描きました。椅子とか足とか……。ティーカップの大きさがそろってないのは実は私の画力の問題です(笑)。ただロザリーの服を描きたいがために全身の図を選びました。