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第31話 聖職者

 2人が現れたのは主教が一人、物思いにふけているときだった。主教には考え事があるとき教会の祈りの場に行く習慣がある。そこへたまたまロバートとディーンがやって来たのだ。主教に挨拶する前に祈りに来たのだが好都合だった。


「お帰りなさい。ロバート。ディーン。」

「ただいま戻りました。」

「ええ。こんばんは。Fatherファザー。」


 育ての親の一人である主教の前なのでディーンはいつもより物腰が柔らかい。


「ディーン。久しぶりですね。元気そうでなによりです。」

「へへっ。あいかわらずコーヒー中毒ですが。」


 年老いた主教は遠くを見るような目で語る。


「あなたは昔からコーヒーと絵が好きでしたね。アトリエはどうですか?」

「あいかわらず見習いでこき扱われてます。……でもまあ楽しいです。」


 お互いの近況や世間話をしたあとディーンは本題に入った。


「そういえば主教は王族にも聖書を教えているんでしたっけ?」

「はい。僭越せんえつながらわたくしが務めております。」


 主教の腰が低くなる。王族と接しているときのことを無意識に思い出したのだろう。


「一番位が高い聖職者が王族を教えるしきたりがあります。現国王の神学は先代の主教が務めました。」

「では“黄薔薇の姫”は主教が……?」

「はい。あんなに聡明で美しい女性は滅多にいません。」


 年老いた主教は憂いを帯びた目で天井を見る。


「しかし同時に危うさも感じます。」


 ここで黙って話を聞いていたロバートが反応する。


「どういうことですが?主教様。」


 主教はロバートを見た。


「姫は賢すぎるのです。聖書に『キリスト教徒以外の者は地獄に行く』と書かれていますよね?」

「はい。でもあれは極端ですよね。」


 ロバートとディーンは昔の主教の話を思い出す。確かに『キリスト教徒は神を信じているので天国に行き、キリスト教徒ではない者は地獄に行く』と書かれていた。しかし主教は「神は全ての人々を平等に愛しています。これは言いすぎだと思います」とそのとき言った。これについてはロバートとディーンも同意見だった。


「姫は『窃盗や殺人、詐欺をしていない人でもキリスト教徒なら天国に行けるのですか?逆に何も悪いことをしていない人であってもキリスト教徒ではないという理由で地獄に落ちるのですか?それでは不公平です』とおっしゃいました。」


 ロバートは驚き、ディーンは感心した。


「他にも色々言われました。『なぜ神はアブラハムに一人息子であるイサクを生贄に捧げるように命令したのですか?アブラハムを試すためとはいえ残酷です。アブラハムは神を信じていました。なら神もアブラハムを信じるべきです。イサクは老齢になったアブラハムがようやく授かった子なのですよ?そもそも神の力があればもっと早く子ができたのでは?アブラハムの妻サラに高齢出産を強いるとは何事ですか?』と怒ったこともあります。」


 ロバートとディーンは姫の言葉に納得した。言われてみればその通りだ。しかし実際そう思っても口に出さない人がほとんどだ。


「ぷっ……。」


 ロバートの隣りで変な声が漏れた。ほどなくするとディーンが腹を抱えて笑い出した。我慢できなかったのだろう。


「あーーっはっはっはっはっはっはっ!おもしれえ女!」


 ロバートは姫の意外な一面を知って感動する半面、ディーンの笑いが失礼ではないかと心配する。しかし主教は気にしていなかった。


「姫は言いたいことをはっきり述べます。しかし社交の場では全く話しません。彼女は他者の気持ちに敏感です。姫は親族や貴族が彼女を妬んだり利用しようとしていることに気づいているのです。そのため個人的な付き合いをしている貴族もいません。……そのためもしかすると他者とどう交流すればいいのかわからないのかもしれません。」


 主教はため息をついた。ディーンの笑いは治まってきた。


「わたくしに聖書についてあれこれ意見するのは信頼している証でしょう。たまには私のような年寄りではなく若い人と話すべきだと思います。しかしさっきも話した通り姫は賢く真面目です。若い修道女が姫が納得する答えを言えるとは思えません。姫と話す勇気があるかどうか……。それに信心深い修道女だと聖書を否定されたら怒るかもしれません。」


 ロバートも主教と同じように姫が心配になってきた。まさか姫がそのような苦労をしているとは思わなかったのだ。ロバートと主教は考え込む。そこへひょっこりディーンが間に入ってきた。


「……姫に神学を教える若い聖職者を探している?だったらこのロバートはいかがですか!」

「ディーン!?」


 急に親友が腕を肩にひっかけたため若い修道士は目をぱちくりさせた。


「こいつは昔から気が利くし頭もいい。姫の相手に最適じゃないですか?」


 ロバートは戸惑う。彼はロザリーが好きだ。ロザリーと一緒にいたい。たとえ彼女が姫だとしても。好きな人のためできることはしたい。そんな彼のためにディーンはお膳を立てた。


 主教はほほうと頷いた。


「……なるほど!ディーンの言う通りかもしれませんね。ロバートなら心が広いし穏やかだから姫の相手も務まるかもしれません。」

「でしょう?」

「え?」


 ロバートは自分の気持ちの整理もついてないのに主教とディーンの話はとんとん進んでいく。昔ロバートが子どものケンカを止めたことや困っている人を助けたこと、成績優秀であることなどを話すと主教はロバートと向き合った。


「ロバート。来週あなたに姫を紹介します。わたくしと一緒に城へ来てもらいますよ。」

「ええーーーっ!?」


 ロバートはマシューのような声を出した。ディーンは親友の恋を手伝いできてご機嫌だった。彼は満面の笑みで親友の肩を叩いた。


「よかったな!ロバート!」

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