第3話 読心
いつ心を読めるようになったかは定かではない。生まれたときから読めたのかもしれないし、物心ついたときにこの力が目覚めたのかもしれない。ただわかるのは物心ついたときには既にこの力が備わっていたということだった。
最初はこの力を制御できなかった。いや、制御できなかったというより自覚していなかった。常に誰かの声が聞こえてうるさいとは思っていた。心の声と実際の声の違いがわからなかったんだ。ある朝食のとき、みんなの声にどうしても我慢できなくなって私はテーブルから立ち上がった。
「静かにして」
お父さんもお母さんも召使いもきょとんとした。その場にいた人たちは全員顔を見合わせた。その間もみんなの声が聞こえてくる。
(何事だ?)
(なにを言っているの?)
(誰も話してなかったわよね?)
「静かにしてって言ったでしょ!」
さっきより声を荒げた。私知っているわ。どうやって唇を動かさずに声を出しているのかはわからない。でもみんなが声を出していることは確かだった。
「誰も話してないぞ、姫」
最初に口を開いたのはお父さんだった。バラバラだった視線が父に集まる。
「うそ。さっき貧しい人たちにパンを分けなければって言ってたじゃない!」
「なんだと!」
お父さんは何も考えずにしばらく私をじっと見た。かわりに召使いたちの声が次々に聞こえてきた。
(そんなこと言ったか?)
(空耳じゃないか?)
(食事中は誰もしゃべっていなかったぞ。)
「うそつき!」
私は召使いたちを睨んだ。おまえたちだってさっきからビーフがうまそうだの、このあとテーブル片付けなきゃいけないだのうるさかったくせに。
(無意識に声に出していたのか……)
またお父さんの声が聞こえた。唇を動かしたかどうかはわからなかったけどはっきり聞こえたわ。
「ほらまたしゃべったじゃない!無意識ってなに?」
「なっ……!」
お父さんは目を丸くした。
(また声に出していたのか!?)
「うるさい!」
イライラしながら腕を振り下ろした。お母さんは息を呑んだ。
(まあ、この子ったら!)
お母さんは席を離れて私のところまで来た。お父さんもお母さんも召使いもどうかしている。なぜ互いの声が聞こえないの?
「姫、落ち着きなさい。空耳でも聞こえたのでは?」
「空耳ってなに?さっき召使いも言っていたけど」
(空耳を知らないの?)
私は口をきゅっと結んだ。うるさいわね。聞こえてるのに。
(音や声がしないのに聞こえたと勘違いすることよ。)
「空耳は音や声がしないのに……」
「勘違いなんてしてないもん!」
お母さんが一度言ったことをもう一度言おうとしていたので割り込んだ。なんで他の人は同じことを二回も言うの?ばかじゃないの?目からぽろぽろ涙がこぼれてきた。誰も私のことをわかってくれないんだ。
「みんな大っきらい!」
テーブルの上に置いてあったナプキンをつかんで私はダイニングルームを去った。部屋へ向かう途中何人かの召使いたちとすれちがった。
(まあ!)
(姫さまが泣いていらっしゃる!)
(なにがあったのかしら?)
「うるさい!」
召使いたちを無視して部屋に戻った。誰にも部屋に入ってほしくなかったのでドアのまえにありったけのものを置いた。自分の力で運べるものは全て置いたからもう大丈夫。誰も私の邪魔はできない。
「姫!開けなさい!お母さんよ!」
思ったとおりにいかなかった。お母さんの声が聞こえる。一人で静かに泣きたかったのにドアの叩く音と母の説得が聞こえてきて二重にうるさかった。
「デザートあげるから開けなさい!ご飯食べ終わってないでしょ?」
お母さんの言葉でおなかが鳴った。でも私はドアを開けなかった。ドアのまえにいるのはお母さんじゃない。オオカミがお母さんの声を真似ているんだ。おとぎばなしで聞いたことあるもん。
数日後、母は嫌がる私をひっぱって占い師に会わせた。占い師に占わせた結果、私には人の心を読む力があることが明らかになった。5歳だった。あのとき私はまだ5歳だった。