第29話 少女の関心、少年の好奇心
こうしておしゃべりしながら私たちはティファニーの洋服店まで来た。ロバートとディーンはついてきたものの居心地が悪かったので外で待機した……というより邪魔だとミランダに追い出された。幸か不幸かマシューも外だ。これは男たちが店を追い出される直前の会話だ。
「きゃーーー!その服すっごくロザリーに似合う~~!」
「そ、そう?」
試着室から出るなりミランダは絶賛した。ティファニーに「収穫祭のパーティーで赤いジプシーに扮していたからこれなんてどう?」と勧められ、私は胸の開いた真っ赤なドレスを着せられたのだ。南米の国で踊るときに着るドレスらしい。正直あまり好みではなかったがミランダとティファニーが目を輝かせていたし、彼女たちの「見たい見たい見たい!」と言う心の声が強かったため断れなかった。
「すごいわね~。その服を着こなせる人ってなかなかいないのよ。」
ティファニーも感動していた。二人も満足したことだし、すぐ脱ごうと思ったらティファニーはまた別の服を取り出した。
「今度は東洋のドレスなんてどう?安い布で東洋の伝統的衣装を再現したサンプルなの!」
無邪気な笑顔で見せられたのは立った襟と脚にあるスリットが特徴的なすらりとした赤いドレスだった。さっきのドレスと違って胸元は空いていないが、なぜかこっちのほうが恥ずかしい気がした。
「あ、赤はやめてくれない……?」
「なんで?パーティーでは赤いドレス着てたじゃない。」
ミランダはきょとんとする。
「あれは普段と違う自分になりたかったから……。」
「そうだったんだ。」
「じゃあ仕方ないわね。」
ミランダとティファニーは納得してくれた。
「この茶色いワンピースも似合うんじゃない?」
「悪くないけどちょっと暗くないかしら?こっちの黄色いワンピースなんてどう?」
「え~っと……」
黄色いドレスは城にたくさんあるから勘弁してほしい。それにそんなヒラヒラシタ黄色いワンピースを着たら私が“黄薔薇の姫”だとバレてしまうかもしれない。
「ほらほら!似合うよ!」
油断した。ティファニーは黄色いワンピースを私にあてがう。
「……っ!」
(わーーーー!!)
私とマシューはギクッとした。しかしミランダとティファニーは気づかずはしゃいでいた。
「すっごい上品!」
「“黄薔薇の姫”みたい!」
ディーンは訝しげな目で私を見る。ロバートはあいかわらずニコニコしていた。手にはいつのまにかピンク色のワンピースを持っている。
「ロザリーは何を着てもかわいいよ~。しいて言うならピンクがいいかな~?」
「男は出てけ!」
こうしてロバート・ディーン・マシューの3人の男たちは一足先に喫茶店のテラス席でくつろぐことになった。私が戸惑いながら洋服店を楽しむ一方、マシューはちょっとした極地に立たされていた。
「お前。ロザリーの幼馴染なんだろ?」
話を切り出したのはディーンだ。マシューの隣にはディーンが座り、長方形のテーブルを挟んだ向かい側にロバートが座っている。
「そ、そうだけど……。」
大切な人について質問され、マシューの顔が強ばる。
「いつ知り合ったんだ?」
「6歳のとき……。」
「お前が城に出入りするようになったのは?」
「……最近のことだよ。」
マシューは慎重に答えた。姫の正体がバレないように。
「お前の親は庭師だろ?城の庭の手入れも依頼されるくらいだし、昔行ったことあるだろう?」
「小さいときだったから覚えてないよ。」
嘘だった。マシューは6歳のとき初めて城で姫と会った日をよく覚えてるし、芸術の道に進むまで城内で何年か住んでいた。
「へえ~。王族に気に入られたから最近よく城を出入りしてるんだろ?姫とは会ったことあるのか?」
「一応ね。」
マシューは気を引き締めた。どうやらディーンはロザリーが“黄薔薇の姫”かもしれないと勘ぐっている。ここからが本番だ。
しかしロバートはあまり気にしてないのか、ディーンとは全く異なる質問をする。
「ねえねえ。ロザリーって紅茶派?コーヒー派?ディーンはコーヒー派で君は紅茶派なんだね。僕はどっちもイケるよ♪」
注文した飲み物からロバートは二人の好きな飲み物を推測する。そう言う彼はまだ飲み物を注文していなかった。マシューは姫の好きな飲み物をライバルに教えるのは癪だったが、これを機会に話題を変えようとする。だがディーンはそうさせなかった。
「おいおい。それはあとでいいだろ……。」
ディーンはロバートを軽く注意するとマシューと再び向き合う。
「それより姫を見たことがあるんだろう?この硬貨に彫られた顔と似ているのか?」
そう言ってディーンは安い硬貨を置く。そこには小さく姫の顔が浮き出ていた。
「これじゃあ小さすぎてわからないよ……。」
これは本心だった。姫の美しい巻き毛と顔の輪郭は捉えているが、それ以上はわからない。そもそも硬貨は一枚一枚職人たちが彫るので出来上がりに差がある。
「そりゃそうだな。」
ディーンはあっさり認めた。彼も芸術家の端くれなのでそんなことは百も承知だった。
「さっきティファニーが黄色いワンピースをロザリーにあててたよな?」
「……それがどうしたの?」
マシューは顔をしかめた。
「『“黄薔薇の姫”みたい!』とティファニーが感動してたがどう思う?」
マシューは目を見開いた。
(やばい……落ち着け……!)
マシューは動揺を悟られまいと気取って笑う。
「うん。雰囲気は似てたね。ロザリー様はきれいだから!」
「ロザリーと姫、どっちが美人?」
「え?」
マシューは頭が真っ白になった。ロザリーは姫の変装した姿だ。ロザリーが姫で姫がロザリーだ。どっちが美人と訊かれても困る。
「う~ん……どっちも美人だよ。」
「ロザリーのほうが美人だよ!」
話に割り込んできたロバートにマシューは内心つっこむ。
(いや、同一人物だから!!っていうか姫様でいるときの姿見たことないよね!)
ディーンはにやりと笑う。
「ほ~う。金持ちとはいえ花屋の娘は姫と同レベルなのか。王国一美人と聞いて期待したが大したことないんだな。」
「そんなことないよ!姫様は誰よりも美人だよ!!」
めずらしく怒った芸術仲間にディーンは驚きつつも言い返す。
「さっきと言ったこと矛盾してるじゃねーか……。」
するとなぜかロバートは勢いよくテーブルに両手をついた。
「違う!世界一美人なのはロザリーだよ!」
「なんでそこでお前が張り合うんだ!?」
恋に盲目なロバートは尋問をややこしくしていた。
「マシューはロザリーが姫に劣っていると思うのか?」
「そんなこと一言も言ってないよ!」
「ロザリーと姫、君はどっちが好きなんだ?!」
「どっちも好きだよ!!」
いつのまにか二人はテーブルを挟んで怒鳴りあっていた。さすがにディーンも二人の剣幕にたじたじした。
「君は一人の女性を愛せないのか?浮気者!」
「浮気なんてしてないよ!ボクが好き……愛している女性は一人だけだ!」
「じゃあどっちを愛してるんだ?!」
「どっちって言われても……!」
ロザリーは美人だ。姫は美人だ。二人とも美人だ。よって、ロザリーは姫である。よくわからない方程式が浮かび上がる。ロザリーとしての姫、王族としての姫、ジプシーに扮した姫。様々な姿の姫がマシューの頭の中でもぐるぐる回り、マシューは酔いそうになる。
「ひ、姫様だよ!ボクが愛してるのは!」
“黄薔薇の姫”と初めて会ったときのことを思い出し、マシューは姫は姫であると自分に言い聞かせた。
「君は姫が好き。僕はロザリーが好き。それでなんの問題もないだろう?争う必要なんてないんだ。」
「大ありだよ!!」
会話がどんどんおかしな方向へ行く。
(だって姫様はロザリー様なんだもん!)
暴走するマシューを見ていて、ディーンはあることを閃いた。
「なあ。ロザリーと姫って似てる?」
「似てるもなにも姫様は……!」
そう言いかけてマシューは口を開けたまま動かなくなった。顔がみるみる青ざめていく。今、自分が何を口走りそうになったか気づき恐ろしくなったのだ。まだ秋なのに彼はガタガタ震えていた。
「ほ~う。ロザリーと姫は似ているのか。親戚か?」
マシューは口をつぐみ、その日はそれ以上ディーンたちと話さなかった。