第27話 酒場の前で
次の土曜日。ロバートは鼻歌を歌いながら町を歩いていた。右手には小さい花束を大事そうに抱えている。側には先週同行しなかったディーンがいた。ずっとロバートの鼻歌を聞いているディーンは顔をしかめている。
「お前ほんとに嬉しそうだな……。」
「あったりまえじゃ~ん♪だってロザリーと2週間ぶりに会えるんだよ?この前帰ったふりして盗み聞きしたかいがあったよ!」
まだ修道士とはいえ聖職者とは思えないセリフである。ディーンは親友の仕事の適性を疑いながらも縁を切るつもりはなかった。きっと切ってもいつのまにか繋がっているだろう。
「そういうディーンこそ頼んでないのになんでついてくるの?もうロザリーは見つかったからお役放免だよ?」
ディーンは両手をポケットにつっこんだままつぶやいた。
「親友の恋を見届けてーんだよ。……なにせ相手が相手だからな。」
一瞬ロバートの顔が真顔になる。だがすぐにクスッと笑う。
「ふふっ。ありがとう!」
「なんだよ。気持ちわりいな……。」
そのあとは会話らしい会話もなく2人は定番になりつつあるいつもの道を通る。坂道にある酒場を通りかかる途中、2人は名前を呼ばれた。
「……ロバート?ディーン?」
か細い女の声だ。見ると酒場のテラスの花壇の前にビールジョッキを持つ少女がいた。ハーフアップにした栗色の髪が美しい。コルセットの下にパフスリーブを着て、紺色のスカートにエプロンをつけている。どう見ても酒場で働く娘だが、酒場には似合わない暗い顔をしていた。
しかし誰にでも優しいロバートは彼女にもにこやかに挨拶する。
「やあ。サリー。仕事はどうだい?」
サリーはビールジョッキをもじもじさせながら答えた。
「ふ……普通。」
「そうか。大きな失敗さえしなければ大丈夫だよ。」
彼女は黙ってうなずく。しかし気になることがあるのか、ロバートのほうをちらっと見る。
「最近よく見かけるけど……。」
ディーンは何か察したのか彼が代わりに答える。
「ああ。最近こいつは雑貨屋にハマっているんだ。」
「ミランダの店……?」
「うん!」
元気よく答えたロバートにサリーの顔が曇る。ディーンはそっとフォローした。
「別にミランダが好きなわけじゃないぞ。」
「そうなの?」
サリーの顔が少し明るくなる。しかしロバートの持っているものから目を話さない。
「……その花束は?」
「ロザリーにあげるんだ~♪」
頬をゆるませるロバート。ディーンは慌てて彼の耳を引っぱった。
「痛たたた!何するの?!」
「ロザリーってあのジプシーの……。」
「こいつがちょっとパーティーで彼女に迷惑をかけてな……今から謝りに行くんだ。仕事ジャマしてわりいな。あばよっ!」
ロバートが痛い痛いうるさいのでディーンは彼の服を引っぱった。
「またね~~。サリーー!」
彼女はテラスに立ちつくしていた。まるで幽霊のように。
酒場から声が聞こえないくらい離れるとディーンはロバートを小突いた。
「痛ーい!さっきからなんだよ~?」
「バカか?サリーはお前に気があるようだから余計な発言は控えろ。」
ロバートはきょとんとマヌケ面をした。
「ええ~~?まっさか~。僕ハンサムじゃないしありえないよ~。むしろディーンのほうこそサリーが気になるんじゃない?だから勘違いしたとか……。」
ロバートはヘラヘラと笑う。しかしディーンは深刻な顔をしている。
「お前……ただでさえ姫に恋するという無謀なことやってるんだからこれ以上悩みの種を増やすな。あと今オレは誰にも恋してねえ。」
「もう。まだロザリーが姫と決まったわけじゃないよ。それより僕とロザリーと結ばれたら、ディーンが恋したとき手伝うからね!」
「その根拠のない自信はどこから来るんだ……?」
まだ自身の置かれた状況の複雑さを理解できてない親友に、ディーンは深い深いため息をついた。