第26話 使者
「ここが雑貨屋ミラー・ワンダーっすね!」
ロバートが雑貨屋に飛び込む数分前。素朴な娘が店を訪ねてきた。髪は後ろでお団子になっている。
(姫様に頼まれたおつかい、必ず果たすっす!)
田舎育ちのマーサは張り切って店の中に入って行った。
「こんにちあー!ミランダさんはいますっか?」
来客が大声で入店したのでカウンターで話していた親子は静かになる。ミランダはすぐに名乗り出た。
「ミランダならあたしだけど?」
「姫様っ……」
うっかりいつもの呼び方をしたマーサは頭と舌を回転させた。
「……のように美しいロザリー様から手紙を預かってきましたっ!」
「ロザリーから!」
ミランダの顔がぱあっと明るくなる。マーサがかかげた手紙を奪うように取ると鼻息を荒くした。
「ありがとう!あなたロザリーの家の召使い?」
「そーっす。召使いのマーサっす。」
「今すぐ読んで返事を書くわ!待っててちょうだい!」
そう言うとミランダはドタドタと2階に上がってしまった。おそらく自室で手紙を読んで書くつもりなのだろう。
「店の商品でも見てて!割引するわ!お母さんお茶出して!」
勝手に決めた娘に母は肩をすくめた。
「自分で出しなさいよ!もう……。」
そう言いつつ「今お菓子なんてあったかしら?」とひとり言をつぶやく。
「ごめんなさいね~。あの子いつもああなの。一度決めたら突っ走る。」
「おかまいなく!」
マーサは元気よく返事をする。ミランダの母はふと思い出す。
「……それにしても最近は変わった客が多いわね~。」
金を持っている美しい花屋の娘。金を持っていない彫刻家に画家に修道士。そして初見の花屋の召使い。様々な若者が集っているが残念ながら店に金を落としてくれそうなのは花屋の娘だけだ。
「ロザリー!!」
噂をすれば影。金を持ってない人その3が店に飛び込んできた。修道士のロバートだ。彼は店内をきょろきょろ見回すが当然ロザリーはいない。
「ロザリーは!?」
「いないよ。来たのはロザリーの召使い。」
彼はマーサの素性を知るや否や彼女の肩を掴む。
「ロザリーは元気かい!?」
「あんた誰っすか?」
マーサは怪訝な顔でロバートを見る。
「ロバートだ。修道士をやっている……。」
見ず知らずの女性に触れる彼をミランダの母は注意した。
「こら。レディーに失礼でしょ。」
「すみません。」
ロバートはさっと両手を引っ込める。
「この子はミランダに手紙を届けに来ただけだよ。」
「ロザリーが!?僕宛ての手紙はないのかい?」
「あるわけないっす。」
マーサはぷいっと背中を向ける。ロバートは罰が悪そうにマーサの機嫌を取ろうとした。
「さっきは手荒で悪かったよ。僕、ロザリーが好きなんだ。」
「あんたなんかロザリー様にふさわしくないっす。」
第一印象が悪かったのか、はたまた生理的に気にいらないのか。マーサは彼に対して辛辣だった。気まずい雰囲気が流れる。ミランダの母はこっそり台所へ逃げた。マーサは無言で商品を物色する。そこへドタドタドタと荒い足音が聞こえてくる。
「お待たせ!……ってロバート何しに来たの?」
ミランダは息を弾ませて書きたてほやほやの手紙を持ってきた。
「ロザリーと会うため寄り道してきた。」
そう言いながらロバートは落とした紙袋を拾う。蝋燭が入っているにもかかわらず、マーサの肩を掴むとき落としてしまったのだ。
「ロザリー様はいないっす。」
「次はいつこの店に来るの?」
「ミランダにだけ教えるっす。」
「いい?ロバート。ロザリーはあたしに会いに店に来るんだからね。あんたは無関係なの。」
「そんなこと言わないで教えてよ~♪」
3人の若者がぎゃーぎゃー騒ぎ出すと店主が現れた。
「ちょっと!勝手にうちの店を待ち合わせ場所にしないでおくれ。」
ミランダの母は紅茶をお盆に乗せたまま呆れていた。