第25話 寄り道
ある木曜日の午後。教会から買い物を頼まれたロバートはりんごをかじりながら一人で町を歩いていた。ロザリーは一応見つかったのでディーンには声をかけなかった。買い物に行くとは思わなかったしアトリエで働くディーンを誘ったら迷惑だ。頼まれた蝋燭はもう買ったが、ロザリーの手掛かりを求めて雑貨屋にも行くことにした。彼は蝋燭が入った紙袋を持ちながらディーンとの会話を思い出す。ロザリーが姫であるか確かめるためにディーンが提案したのは家庭教師になることだった。
「家庭教師になってどうするんだよ!?そもそもどうやってお姫様の家庭教師になるの?」
目を丸くするロバートにディーンはさらりと答える。
「王族に神学を教えるのも主教の仕事のうちなんだろ?主教に頼めばいいじゃないか。『黄薔薇の姫に聖書を教える役目をどうかわたしにお任せ下さい』って。」
「高慢だよ!そんなワガママ言えるわけないじゃないか!」
ロバートは焦る。実は彼とディーンは孤児だった。教会の孤児院で家族のように育ち、勤勉なロバートは教会で、美術の才能があったディーンはアトリエで働くようになったのだ。ロバートは自分を育ててくれた教会に無茶を言いたくなかったがディーンはそう考えていないらしい。
「言うだけ言えばいいじゃねえか。無理だったら謝ってあきらめればいい。ただロザリーがお姫様だったら、結ばれるためにできることはなんでもやったほうがいいぞ?」
「う~~ん……。」
ロバートは右手で頭を押さえた。歩きながらしばらく唸っていたが、やがて覚悟を決めて言った。
「僕はロザリーと一緒にいたい。」
ロバートが立ち止まったので、ディーンも歩くのをやめる。
「ロザリーと一緒にいられればいいのか?……結婚は?」
「もちろん結婚したい。」
即答だった。その表情は真剣だ。ディーンは感心してさらに質問する。
「じゃあ王になってこの国を治めるのか?」
「えっ!?」
そこまで考えてなかったのか、ロバートは面食らった。
「別に王になりたいわけじゃないけど……王位はいらないからロザリーだけもらえないかな?」
「おいおい……。」
無欲な友人にディーンは呆れた。ジト目で見られたロバートは慌てて付け加える。
「ロザリーと結ばれるならなんでもするよ!結婚したあと王にならなきゃいけないんならなるよ。ただ……僕は王には向いてないと思う。」
彼は今まで教会で質素な生活を送り、神学を中心に学んできたのだ。哲学・数学は趣味で勉強しているが、商学や経済学、外交術に戦術、はたまた帝王学など学んでいない。そんな彼がいきなり王になって贅沢な生活を保障するから国を治めろと言われてもできるはずがない。
ディーンは頭をぼりぼり掻く。
「じゃあ姫に王位を捨てろって言うのか。」
修道士が王になるのは無茶苦茶だが、こちらも前代未聞の話だ。王族が自国の貴族や他国の王族・貴族と結婚せず、身分を捨てて一般人の者と結婚したことは今までない。国を失ったらそうせざるを得ないが、国が滅んでもいないのにわざわざそんなことをする王族などいるわけがない。
「う~~ん。ロザリーと話し合わないとなんとも……。」
「律儀な奴だ。」
ディーンは歩き始めた。
「だが嫌いじゃない。」
そして振り返りニカッと笑う。
「オレにできることがあったらなんでも言えよ。」
先日のディーンとの会話を一通り思い出し終えると、ロバートはため息をついた。とりあえず将来のことを考えるのはあとだと自分に言い聞かせる。今はロザリーと仲良くなることだけを考えよう。酒場のサリーと目が合い、彼女に手を振るとそのまま通りを進む。雑貨屋に着くとミランダのはずんだ声が聞こえてくる。
(もしかしてロザリーが来たのか!?)
期待を胸に彼は店に飛び込んだ。