第24話 王女と聖書
私は聖書を開いたままぼ~っとしていた。ミランダへの手紙にはなんて書こうか。どうやって手紙を送ろうか。そんなことを考えていたら主教に呼ばれた。
「姫。どうかなされましたか?」
ここは場内の書斎の隣りにある一室。代々王族が勉強するのに使われている部屋だ。日当たりの良い部屋には上質のカーテン、大きなテーブル、椅子、カーペットしか置かれていない。王族が使う部屋の中で一番質素なこの部屋で私は主教と2人きりで聖書の勉強をしていた。今日は室内で勉強するため髪を三つ編みでアップにし、茶色いドレスを着ている。
「3回お呼びしました。具合が悪いのですか?」
「いえ……そういうわけでは……。」
私は眉をつり下げる。神学の授業に失礼なことをしてしまい申し訳ない気持ちになった。主教は笑いながら言った。
「姫様も年頃の娘……。わたしのような老いぼれと聖書について話すのはつまらないかもしれませんね。」
「いいえ!そんなことありませんわ!」
慌てて私は否定する。主教の授業をつまらないと思ったことは一度もない。
「主教と聖書について色々議論するのは有意義に感じています。」
正直に伝えると、主教はまた笑った。
「議論ですか……。たまには若い聖職者と話したほうがいいかもしれませんのう。」
「えっ。」
若い聖職者と聞いて私は真っ先にロバートのことを思い出してしまった。しかし主教の考えは少々違っていたようだ。
「今度若い修道女に声をかけてみますね。もしかしたら聖書以外のことでも話が弾むかもしれません。」
心が広い主教はにこにこしていた。せっかくなので私は彼の言葉に甘えることにした。
「は、はあ……。ありがとうございます。」
こうして私たちは再び聖書に目を向け、しばらく質疑応答をしたあと解散した。聖書の授業が終わると私はそそくさと自室に戻る。
―そうだ……。手紙は召使いのマーサに直接ミランダの店まで届けてもらおう。普通に召使いに頼むと封筒に王族の紋章が刻印されてしまう。
そう思いながら引き出しを開けると、便箋も封筒も持っていないことに気づいた。……よく考えたら私は筋金入りの孤独な女。一人ぼっちの年月が長く、誰かに手紙を書いたことなど一度もないことを思い出した。仕方なく私はマーサに適当な便箋を買ってもらうことにした。