第19話 女友達
心を読む力を持っていながら、私は買い物とマシューとの会話で周囲の会話を聞き逃していた。そもそも町には人が多い。色んな人々の声が常に聞こえてくる。心の声も生の声も……。城を出たばかりのときは警戒していたが、舞踏会と違って心の中で私を褒める男も貶す女もいなかったため油断してしまった。もちろん通りすがりの町人が私に見とれてることは何回かあった。彼らは「美人だな」「きれいだな」と一瞬思うけどそのまま歩き続ける。そう……私は安心しきっていたのだ。その場の中心が私でないことに。人々が私の顔色を窺わないことに。
雑貨屋についた私はうきうきしながら店に入っていく。最初は知り合いの店に行くときは緊張で不安だった。相手は自分を覚えているか。自分が来たことで迷惑をかけていないか。しかし全員温かく私を迎えてくれた。心を読める私がそうだというから保証する。店内の商品に目移りしながら私はミランダを探した。雑貨屋のカウンターにはおばさんがいた。おばさんは私を見るとにこやかに挨拶をした。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
「すみません。ミランダはいますか?」
私は良い返事を期待して訊ねた。
「ああ。ミランダの友達かい?ミランダなら商品を補充しに倉庫に行ったよ。ちょっと待っててね。」
そういうとおばさんは大声でミランダを呼んだ。
「ミランダ!ミランダ!お友達だよ!!」
店内で誰かを大声で呼ぶ姿は上品とは言えなかったが、働く女性のたくましさを感じた。すぐに店の奥から足音がした。
「な~に~?お母さん。」
亜麻色のミディアムボブの少女が小さなバスケットをいくつか抱えてやってきた。母子ともにブラウスとロングスカートという素朴な服だが、快活で健康的だった。色白で華奢な貴族の女たちとは大違いだ。
ミランダは自分の母と私たちを見る。
「お友達が来たよ。」
「あ!マシュー、久しぶり!」
ミランダは真っ先にマシューに挨拶をした。
「久しぶり。」
彫刻家であるマシューは社交的で若い町人の中では顔が利く。私がパーティーに馴染めたのは半分マシューの紹介のおかげだったりする。もう半分の理由は町人が友好的だったからだ。
ミランダはマシューと私を見比べるとさらっと訊いた。
「そこの美人さんは誰?マシューの恋人?」
マシューの顔が真っ赤に染まった。
「ち、違うよ!」
(そうだったらいいのに!!)
動揺したマシューの心の声が私の耳に響く。普段は他者の心の声が聞こえないように制御しているが、強い思いは勝手に受信してしまう。
「そっか。ごめんね。」
どうやらミランダに悪気はないようだ。思ったことをすぐ口にしてしまう子なのだろう。今度はミランダは私をじ~っと見る。
「……あなた、どこかで会ったことある?」
「この前のパーティーで……。」
「ああ!あのジプシー・ガールね!久しぶり!」
「お久しぶりです。」
私はほっとした。よかった。この人も私のことを覚えていてくれた……。色んな店に行ったがだいたい同じことが起こった。まず少女たちはマシューに挨拶する。そのあとマシューか私がパーティーでジプシーに仮装していたことを離す。そしたら相手は「ああ、あの時の!」と思い出してくれるのだ。
「きれいな黒髪ね。……そうだ!リボンでも買う?新しいの入荷したの!」
ミランダは両腕で抱えていたバスケットを全て右腕に移すと、左手で私を引っぱった。
「え?」
初めて強引に引っぱられたので間抜けな声を出してしまった。私とマシューが目を丸くするなか、背中越しにミランダの母の「ゆっくりしてってね~」という声が聞こえた。