第18話 昼の冒険
ロバートが地道に城下町で私を探していたとは露知らず、その頃私は城でのんびり過ごしていた。失恋のショックはマシューとの出会いでいくらか和らいでいたし、教会でのパーティは良い気分転換になった。心身ともに回復したので学業・芸術・鍛練に励んでいた。正直ロバートのことは気になっていた。ふとした瞬間に彼を思い出し、頭を振って考えないようにした。自分の気持ちを認めたくなくて、何かに精を出すことで気を紛らわせる日々……。1カ月ほど健やかな生活を送っていたがやはり好奇心には勝てず、ある日私は再びマシューとお忍びで町に出た。今度は夜ではなく昼だ。
「姫さま~。もう帰ろうよ~。」
マシューは小声で懇願する。絵の具の染みが少しついたYシャツにスボンという格好で私を追いかける。片手の紙袋の中には私が買ったものが入っている。城を出て3時間。初めての町の散策、初めての外食、初めての買い物に私はうきうきしていた。なにもかもが新鮮で、城から出てしばらく経つのにまだスキップしている。今日はいつもの黄色いドレスでもなく、パーティの赤い衣装でもなく、ピンクのブラウスにピンクのスカートを穿いていた。最近肌寒くなってきたのでベージュのショールで肩を覆っている。お気に入りのドレスより動きやすい。体を締め付けるコルセットも動きを制限する重いパニエもないから体が軽い。
(姫さま~。もう帰ろうよ~。町の人にバレたら囲まれちゃうよ!姫さま美人だからみんなサインや握手をねだっちゃう。それに悪い人に誘拐されたらどうするの?守り切る自信ないよ……。もし町の人にバレなかったとしても無断外出したことがバレたらボク王様に殺されちゃうよ!!)
マシューは私の正体がバレることと王に怒られることを恐れてハラハラしていた。口に出さなくてもマシューの「姫さま~。もう帰ろうよ~。」というセリフは心の声で何度も聞こえてくる。あまりにも頻繁に言うのでもはや雑音ですらなくなり空気に溶け込んでいる。私は少しだけ頬を膨らませた。
「駄目よ。まだミランダの雑貨屋に行ってないわ。」
「アーニャが働く肉屋にもパトリシアが働くパン屋にも行ったから充分でしょ~。」
「それは食べ物関連の店でしょ。次の雑貨屋で最後にするから。」
「ティファニーの洋服店のときもそう言って最期じゃなかった。姫さま~。もう帰ろうよ~。」
私は紙に書いたリストに線を引く。初めての昼の外出に自分なりの計画を立てておいたのだ。とはいえただひたすらパーティで会った女の子たちが働く店に行く。それが今回の目的だった。
「ミランダが店に来たら小物を一つだけ割引してくれるって言ってたの!」
「姫さまならほしいものは城でなんでも注文できるでしょ!」
「オーダーメイドやカタログでの注文は飽きたの。私のためだけに作られたものではなく、不特定多数の人に向けて作られたものを見たいの。」
「はあ……。」
マシューはわかったようなわかってないような顔をする。心の中でも同じことを言っていた。
「それと何度も言っているでしょう。町中で『姫さま』はやめて。」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
ごもっともな質問に足を止めた。しばしの間、腕を組んで考える。一瞬だけロバートのことを思い出した。あの夜、私の偽名を叫んだ修道士を。
「……ロザリーでいいわよ。」
マシューはむすっとした顔になる。
(姫さま絶対あの修道士のこと思い出した……。)
まさか「ご名答」と答えるわけにはいかず、話題を変える。
「それにしても町の人たちって面白いわね!酒場という店が在存するなんて知らなかったわ。昼間からあんな風にお酒を飲む人を初めて見たわ。酒場のサリーも大変ね。」
「しょ、庶民のみんながああいうわけじゃないからね!あんな下品な人たちが集まる場所にはもう行っちゃダメだよ!サリーも酒場の娘じゃなかったらあんなところで働かないよ……。」
髭をろくにそらず、汚い服で汗臭い男たちが集まる酒場。大声で笑いながら酒を飲んだりカードで遊んだりする人々の姿は秋の収穫祭のパーティーの雰囲気に似ていた。しかしマシューは酔っ払いが私にからまないかヒヤヒヤしていた。
「サリーには悪いけどもうあの店には行っちゃダメだよ!」
「さすがに客がちょっと臭かったからもう行きたくないわね。」
「うんうん。あんな場所、姫さまにはふさわしくないよ!」
このときは私も後にマシュー同様ヒヤヒヤするとは思わなかった。そう。私は浮かれていて気づかなかったのだ。ほんの数メートル先にロバートと彼の友人が雑貨屋でミランダに聞き込みをしようとしていることを。