第14話 夜の冒険
国は秋の収穫祭で盛り上がっていた。昼はカーニバルで賑わい夜はあちこちの家や居酒屋でパーティーが行われた。城からの距離と安全性を考えマシューが行っていた通り教会のパーティに参加することにした。貴族たちの間でもパーティーらしきものがあったが体調不良を理由に欠席。私は衣装の上にローブを羽織った。
「お願いね」
「はい」
彼女はにっこりと笑った。召使いの中で1番忠実な者と入れ替わり私は部屋を出ていった。マシューとは薔薇園の入り口で待ち合わせている。私が来るのを見かけたマシューは怯えたネズミのようにおろおろしていた。
「姫さま遅いよ!寿命が縮むと思った!」
「ごめんね。化粧張り切っちゃった」
「貴族と会うときより気合い入れてどうするんですか!?」
確かによく考えたら馬鹿げていた。庶民と会うだけなのに念入りに化粧していたなんて。
「それに仮面つけるから意味ないじゃん!」
「あ。そうだったわね」
「もう……」
仮面といっても目元を隠すだけだった。だが化粧で一番重要なのはアイメイクなので私がしたことはどっちみち無意味だった。マシューのもっともな意見を聞きながら私たちはいそいそと隠し通路から城を出た。ご先祖さまもまさか子孫が隠し通路を夜遊びのため使うとは思っていなかっただろう。
茜色の空の下を歩きながら思った。この国は平和だ。犯罪が極端に少ない。以前フレデリックと城で簡単に密会できたくらいだ。城の警備が薄い。王族全員が護身術を心得ているというのもあったけど。町のほうはさすがに見回りがいた。見回りの警備兵と会うたびに軽く会釈し私たちは目的の教会についた。
「店が閉まっていたのが残念ね。次町に出るときは昼時にしましょ」
「また脱走するつもりですか!?」
マシューの説教を無視して私は仮面をつけた。灰色のローブから露わになったのは真っ赤なへそ出し衣装。腰に縫いつけられたビーズとダガーをぶらさげたベルトが野性的でかっこよかった。私は踊り子に扮していた。
「似合う?」
「に、似合うけど…………ハレンチだよ!ああ、国を滅ぼされた哀れな姫はジプシーに身を落とした。国も親も金も名誉も奪われた姫は踊り子として健気に生きていく。だがもし亡き王が姫のことを見たら嘆き、悲しんでいただろう。おお、あのとき大臣さえ裏切らなければ……!」
「勝手に人の国滅ぼさないでくれる?あと両親も。……ま、吟遊詩人らしいけど」
緑のマントと飾りつきの三角帽子は地味なようで派手だった。それに小さいハープまで持っているから傑作だ。さっきの即席で作った物語といいマシューは本当に吟遊詩人になれるかもしれない。もともと芸術派だし。
教会でパーティが開かれるといっても教会そのもので行われるわけではなかった。教会の裏にある2階建ての屋敷でパーティーは行われていた。窓から漏れる音楽と笑い声。カーテンに写る人のシルエット。…………なんだろう?この気持ち。貴族のパーティーとは違う。知らない世界が私を待っている。ワクワクしながら扉を開けたらそこは別世界だった。部屋にいるのは魔女に魔法使いに幽霊。海賊にカカシに十字兵。どれも本物ではないけど感動した。ここは異世界だ!安い衣装に安く飾られた部屋。そして安い料理。でもエネルギッシュでどこか温かさを感じて……。
「お~う。みんな!新入りだ~!」
アラビアンナイトに出てくるランプの精みたいな格好をした髭面のおじさんがマシューと私に同時に抱きついてきた。マシューも私も思わず叫んでしまったがみんな笑っていた。
「気にすんな。あいつはいつもこうなんだ」
ランプの精に解放された私はカカシに慰められた。なんだか変な気分だった。初対面なのにこんなに気軽に話しかけられるだなんて。ランプの精は食べ物が置いてあるテーブルまで案内すると新たな来客を迎えに行ってしまった。本当にいつも来客を驚かせているらしい。よく飽きないものだ。
頼んでもいないのにマシューに背中を守られながら私は皿に料理を盛った。どれも見たことのないものばかりだ。それに好きなものを好きなときに好きなだけ取って食べていいだなんて新鮮だ。こういう食事のスタイルはバイキングというらしい。城では決まった順序でオードブル・スープ・メインディッシュ・デザートと運ばれてくる。それに料理だけでなく人々も自由だった。空いている席がなくてどうしたものかと悩んでいたら女の子のグループに手招きされた。
「そこのジプシーガール!こっちにおいでよ!」
一瞬体の力が抜けた。皿を落としそうになったけどマシューが受け止めてくれた。悪意のない笑みを浮かべる彼女たちを目にして私は感動を覚えた。同年代の女の子に食事を誘われるだなんて初めて……!マシューは私の気持ちを察したのか背中を押した。
「ほら。呼ばれてるよ。ゆっくり楽しんでいきなよ」
私はハンカチを仮面の穴に当てるとマシューにお礼を言った。
「ありがとう……!」
興奮しているせいで早足になった。女の子たちは私のぶんの席を空けると楽しそうに話しかけてきた。
「その衣装かわいいね!どこで買ったの?」
「さっきの子弟?それとも彼氏?」
「どこに住んでるの?名前は?」
ああ、私は嬉しかった。普通の女の子と普通に話している!あの店の服はいい、あの食べ物はおいしい、しまいにはパーティーに来ている男の子の中で誰がかっこいいかの議論で盛り上がった。男の子の品定めをしている間にマシューの様子を伺ったら私と同じように同じ年頃の同性と話していた。そしたら何人かの男の子が女の子グループにやってきた。
「どなたか僕と踊っていただけませんか?」
「「「キャーーー♪」」」
そういうわけで私も流れに乗って何回か男の子と踊った。社交ダンスほど優雅じゃないけど楽しかった。テーブルにある料理と同じだ。凝りすぎてないところがいい。あっさりしたてのすっきりした味。男の子と……いや、踊ること自体が久しぶりだった。昔はしぶしぶ貴族や他国の王子と踊ったものだ。のちに仮病で欠席したり見学するだけになったが。
―うらやましい……じゃなくて姫!もうちょっと自分の立場を考えてくださいよ~!
マシューの心の叫びに私は冷静さを取り戻した。そうだった。お忍びで来たんだった。十分楽しんだかもしれない。陽気な音楽が鳴り終わると私はダンスパートナーにお辞儀をしてマシューがいる場所に行った…………が。
「きゃっ!?」
「あ。ごめん」
天使の格好をした女性とぶつかった弾みで仮面が取れた。ずっと動きっぱなしだったからリボンが緩んでいたのだろう。
―ギャーーー!!仮面が!姫さま早く!早くー!
顔を見なくてもマシューがうろたえているのはわかった。仮面に手を伸ばしたら誰かの指に触れた。彼は修道士の格好をしていた。