第13話 悪だくみ
マシューの彫刻が出来上がったあと私とマシューの時間は平穏なものになった。マシューは私の彫刻を作るのに真剣だったから正直見ていると息苦しかった。真剣なマシューは別に嫌いじゃなかったが。庭でお茶をするには寒い季節になったので客間でお茶をするようになった。紅茶とスコーンを食べながら聞くマシューの話は知らないものばかりで……私のちっぽけな世界からは想像できなかった。世界を少しでも広げたくて私は窓を開けた。城は高い場所に建てられているので町は小さく見える。城下町を見ても小さなドールハウスが並んでいるようにしか見えない。人もまるで動く人形さんのようだった。同じ空の下に広がる世界なのに国民が遠く感じた。思わずついたため息は風にかき消されてしまった。
「マシューはいいわよね。外に出られて」
「えっ?」
マシューはスコーンを持ったまま目をパチクリさせた。まるで胡桃を抱えたリスみたいだ。
「姫さまは城を出たことないの?」
「式典で馬車の中から覗くだけじゃつまらないわよ。それに……」
私は肘を窓際に乗せた。
「護衛付きで行っても楽しくないわ」
豪華なドレスを着たまま護衛付きで町に出かけたところで町の人は畏縮するだけだ。買い物も満足に出来ないだろうし人だかりが出来てしまう。
「お忍びでこっそり出かけたら?姫さまのドレスじゃ目立つから上にローブを着たほうがいいかも」
マシューは苦笑しながら冗談を言った。他人事だから平気で無茶を言えるものだ。
「来週ぼくが通っている教会で仮装パーティが行われるんだって。仮装ならいつもの格好でもバレないかもね」
「それよ!」
「え?」
「その手があったわ!」
「はぁ?」
マシューが冗談で言ったことだっていうのはわかっている。でも私には名案に聞こえた。どうして今まで気が付かなかったのだろう。城が退屈なら変装して外へ出ればいい。城の者には内緒で!そんな単純なことを思いつかなかっただなんて私の頭は思っていたより固いみたいだ。ずっと籠の鳥生活を強いられていたせいで城にいることが当たり前すぎた。城の生活には飽きた。貴族にもうんざりした。機は熟した……むしろよく腐らなかったなと褒めたい。今こそ下界へ飛び立つべきだ。
「こっそり城を出るなんて考えたことなかったわ。マシュー、私をその仮装パーティーとやらに連れていってちょうだい!」
「ええーっ!?」
言いだしっぺのマシューは焦った。まさか私が冗談に乗るとは考えなかったのだろう。
「だ、ダメです!……あ。ぼく用事を思い出したので失礼します!」
―早く国王さまに伝えなくっちゃ!
自分の目の周りの筋肉が中心に動いたのを感じた。
(逃がすものですか……!)
私はドレスの裾を無造作に掴みドアに先回りした。
「お父様やお母様にバラしたら首よ」
「ひえ~~っ!!」
―なんでバレたのーーー?!
私は心の中でマシューに謝った。大切な友人に無断で心を読んだことを。だけど外に出たいという欲望が自制心を上回っていた。怯えるマシューを部屋の隅に追い詰め強気で笑った。
「私が仮装パーティーに出られるよう手引きしてちょうだい。別に家出するわけじゃないんだからいいでしょ?」
「ひ、姫さまに何かあったらぼく国王に殺されるもん!」
「そのためにあなたがいるんでしょ」
私はなるべく優しく微笑んだ。貴族を欺くためにも悩殺スマイルを身に付けたほうがいいのかもしれない。
「ぼくじゃ姫さまを守れないもん」
「私の強さを見くびらないでくれる?自分の身もあなたの身も守れるわ。マシューは道案内をするだけでいいの」
「で……できません!」
私とここまで対等に話せる人はめずらしい。思えばマシューと私が衝突したのはこれが初めてだった。私は泣きそうな顔をするためフレデリックのことを思い出した。
「私と仕事、どっちが大切なの?」
「仕事とは無関係だよ!」
どこかおかしくなっていく会話。何百年後のカップルの片方が言いそうなセリフだ。
「付き人だったじゃない。今も半分付き人のようなものよ」
「う~~っ」
マシューのほうが私より泣きだしそうだった。反撃してきたものの元々大人しいマシューの攻防に限界が来ていた。よほど切羽詰まっていたのか哀れなマシューの思念が流れ込んでくる。マシューは頭の中で自分の生活資金と国王の信頼と私との親密度を危ない天秤にかけていた。天秤はあちこちに傾いた結果、マシューは最終的に私との友情を優先することにした。
最近のマイブームは『マリア様が見てる』です。今さらですが。図書館で借りて読んでいます。