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第12話 安らぎ

 マシューが来てから物に八つ当たりする日々は終わった。鍛練はほどほどに。勉強も少しずつ再開した。マシューが頑張ってるんだもの。私も勉強を頑張らなくちゃ。……将来誰に嫁ぐかは不明だけど。

いっそのことお父様に結婚相手を決めてもらおうかしら?そもそも政略結婚が当たり前の世界に恋愛結婚を望んだのが間違いだったかもしれない。お父様とお母様は好きな人と結婚しなさいって言ってたけど好きな人がいないのが問題なのよ。肝心の好きな人にフラれて今じゃその好きな人は嫌いな人になっちゃったし。


 いつものようにマシューはふらりと城に遊びにきた。この1カ月、マシューは薔薇園で彫刻を作るのが当たり前になっていた。ある日彫刻を作るのに必要な道具と粘土を持ってきたからびっくりした。ほぼ毎日来て粘土を練ったり切ったりしてたものだから心配したわ。ただでさえアトリエで修行中なのに私に会いに来るときも彫刻を作るだなんて……。少しでも負担を減らすため新しい彫刻刀の一式をプレゼントした。それからは私があげた彫刻刀を使うようになった。


「何を作っているの?」

「ヒミツ!見ていればわかるよ」


 誰かの彫刻を作ろうとしていることだけはわかった。粘土の塊は大雑把だけど人間の肩から頭部までの形をしていたから。神話か空想の生き物、いつの時代の英雄、歴史に名を残した哲学者、もしくはどこの国の王族か。期待するなかマシューは真剣に彫刻を削っていった。マシューが最初に執りかかったのは髪の毛だった。こういう上半身のみの彫刻は髪の毛が重要だ。髪の毛がその彫刻が誰の彫刻か一番表すものだからとマシューは笑いながら説明してくれた。


「髪の毛は手間がかかるけど顔よりかは気楽だよ。1本1本再現せず束にして表現するから。顔は一番丁寧にやらなきゃいけないんだ。目・眉毛・鼻・口……それらが作る表情が大切なんだ。顔は髪の毛より細かく慎重に削らなければいけない。顔を作ることによって彫刻に命が宿るからだってお師匠さまが言ってたよ!」

「ふ~ん」


 心を読むより直接その人の口から聞いたほうがいい。だから普通の人は会話を楽しむのだ。マシューのそばにいるとき垂れ流しにしている私の力を抑えた。友達の心を読むのは失礼だ。読んでも読まなくても疲れる。力を使っても抑えても疲れるのなら抑えて疲れるほうを私は選ぼう。それが私の小さな友達を裏切らないために出来ること。あるときうっかり抑えるのを忘れて焦ったけど何も読めなかった。マシューは無心で作業をしていたのだ。


 彫刻が出来上がるにつれ私はなぜマシューが城で彫刻を作りたがったかわかった。肩までかかったボリュームのある巻き毛を見て私は確信した。その彫刻は私の彫刻だった。髪の毛を作るのにかなり時間がかかったが、顔を整えるのも同じくらいかかった。髪の毛と比べて体積は少ない分繊細さが求められた。目も眉毛も鼻も口も頬も浮き出てきた。もう完成と言ってもいいのにマシューはまだ手を休ませなかった。少しお疲れ気味の彼の手を止めるように私は椅子から腰を上げた。


「あっ……。姫さま動かないで!もう少しモデルになって」

「どうして私の彫刻なんて作っているの?私の彫刻は既にいくつかあるわ。私の姿は硬貨にも絵画にも描かれているのに」

「うっ……」


 マシューは口を(すぼ)めた。昔から恥ずかしいときや言いたくないことがあるとこんな顔するけど5年経ってもその癖は治らなかったみたい。


「教えて。笑わないから。秘密にしてほしいなら秘密にするわ。……もっとも、私が秘密を漏らせる人なんてお父様とお母様しかいないけど」

「あ……うん。大した理由じゃないんだけど…………姫さまってぼく以外の人の前ではあんまり笑わないでしょ?姫さまって笑うとかわいいのにもったいないなぁって思って……」

「ええ」


 私は父と母とマシューの前でしか笑わない。貴族たちや召使たちのジョークを聞いても笑えない。国の行事では民衆の前だから笑うけどそれは義務だからだ。行事で心から笑うことなんてなかった。私には笑う才能がないと自分でも思ったくらいだ。


「だから姫さまの笑った顔の彫刻を作っているんだ。姫さまの悪口を言う貴族たちも姫さまの笑った顔を見れば誤解なんて解けるよ。…………あっ!でも姫さまの笑った顔を見られるのももったいないかな?このまま独占するのも悪くないかも…………ってぼくが言いたいのはそんなことじゃなくて!」


 マシューの言っていることは矛盾している。何を言いたいのかわからない。マシュー自身もわからないらしく汚れたままの手で頭をクシャクシャにした。


「と、とにかく!ぼくは姫さまに笑ってほしいんです!完成した彫刻がほしかったらあげるし、いらなかったら王様にあげます。彫刻を飾りたいって言うんなら城内だろうか町内だろうかどこでも許可するよ!姫さまがいらなくて誰にも渡してほしくないし飾ってほしくないんならぼくが所有します。で、でも壊すのだけはやめてね!苦労して作ったんだから!」

「ぷっ」


 口から音が漏れた。抑えようとしたけど笑い声は私の体をくすぐるように出てきた。


「ぷっくくくくっ…………あはははははっ!」


 悪いと思いつつ私は笑ってしまった。笑わないって約束したのに。マシューは口をぽかんと開けていた。


「あはは……笑わないって言ったのに笑ってごめんね。マシュー」

「あ……いいえ」

「マシューがかわいすぎて笑っちゃった」

「ええーっ??」


 私は嬉し涙をハンカチで拭きとるとハンカチをマシューの頭に乗せてでたらめに撫でた。


「頭拭いたほうがいいかも。汚れてるわよ」

「え……?あ、はい」


 キョトンとしながらもマシューは言う通りに髪の毛を拭いた。そんなマシューを見てなぜか城下町の人が犬を洗っている光景を思い出した。


「ありがとう。マシュー。嬉しいわ」


 顔が勝手に笑った。マシューは不思議だ。彼はまるで魔法使い。いつもは彫刻のように動かない顔もマシューといるとたちまち表情が変わる。いつかシンデレラのように舞踏会へ行く魔法をかけてくれるかもしれないと思うほどだった。


「彫刻はマシューのものよ。マシューが持っているといいわ」

「えっ?い、いいの?」

「うん」


 マシューは笑っているのか悲しんでいるのかわからない顔をした。嬉しいけど複雑なのかもしれない。

「そっかぁ……これでいつでも姫さまと会えるね」

「本物の私を会うのがめんどうくさかったら一日中彫刻を眺めていたら?」

「そ、そんな~!姫さま~!」


 私はお腹を抱えて笑った。マシューはあたふたと困っていたけどやがて私と一緒に笑い始めた。


「マシューって本当最高ね。みんなマシューみたいだったらいいのに」

「そ、そうでしょうか?」

「2人きりのときは敬語はやめてって言ってるでしょ。動揺すると敬語と普通語が混じる癖は仕方ないけど」

「うん」


 私はマシューを撫でながらポツリとつぶやいた。


「これでファーストネームで呼んでくれたら完璧なのに」

「さすがにそれは無理だよ。失礼すぎます」

「……そう」


 マシューはいくら頼んでも私をファーストネームで呼んでくれない。フレデリックも最後まで呼んでくれなかった。だとしたら異性で私をファーストネームで呼んでくれるのは私の運命の人だけなのだろうか?私はマシューから手を離し、赤みがかった空を見た。

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