1. 結婚相手がいない
「なぜ結婚相手が現れないのかしら」
「君のその異名のせいだと思うけど」
間髪を容れずに答えられ、クラウディアは形の良い眉を寄せた。
思わず目の前の人物をじぃっと睨むが、素知らぬふりをされる。諦めて手元の書類に目を落とし、顔の横に落ちてきた金髪を耳にかけると、ようやく相手が顔を上げた。
「クラウディア、結婚したいの?」
「その質問への答えとしては正確じゃないかもしれないけど、そうね」
「正確には?」
「結婚しなくちゃいけない。なのに結婚相手候補はおろか、求婚者もいないのはなぜだと思う、エディ?」
「さっき言った」
盛大にため息をついたクラウディアを見て、王太子であるエディは侍女にお茶を淹れるよう指示をした。
『壊し屋』、それがクラウディアの異名だ。
その理由となった出来事は三つある。
一番初めはクラウディアとエディが十七歳の頃。
結婚の決まっていた伯爵家令息が社交界デビューしたクラウディアに一目惚れしてしまい、カップルは破局した。
ストーカー化した伯爵令息に、クラウディアは微笑んで「気持ち悪いですわ」と一刀両断した。
二つ目は、二十歳の時。
夜会で若い令嬢に酒を多量に勧めてよからぬことをすると噂の貴族青年がいた。その噂を知らなかったクラウディアはある夜会でその青年に目を付けられ、勧められるままに酒を飲んだ。
結果、相手の青年を潰した。クラウディアは令嬢たちからは感謝され、自分が酒豪であることを知った。
最後、極めつけは一昨年。
クラウディアの実家であるブラームス侯爵家の改革だ。
ブラームス侯爵家は歴史ある由緒正しい貴族家である。しかしクラウディアの父であるブラームス侯爵は、考えが安直で、自信過剰で、端的に言えば愚かな男であった。
将来性のない新たな事業に手を出し、騙され、これまでの財を使い込み、酒と賭博に溺れた。
聡明なクラウディアは、下克上することにした。
愚かな父が侯爵家を潰す前に、自身の父を潰すことにしたのだ。
クラウディアは家の事業と領地の運営を見直し、父のこれまでの仕事における無能さを残酷にも明らかにした。そして、このままでは歴史ある侯爵家が終わってしまう可能性について諭し、次代である弟に譲って引退するよう勧告したのである。
いや、正確に言えば、「引退せねば不正の事実を社会に明らかにする。家は潰れ、当主は収監だぞ」と脅した。
父侯爵が引退し、クラウディアの弟が新侯爵となったのが一年ほど前のこと。この一年、弟を補佐してきたクラウディアは気付けば二十三歳になっていた。
そして久しぶりに夜会に出たクラウディアは、自分が大変不名誉なあだ名で呼ばれているのを知ったのである。
「家も落ち着いたし、キースも結婚するかもしれないから、わたしもそろそろ結婚に本腰入れないとと思っているのに……」
「キース、結婚するの?」
「ローウッド伯爵のご令嬢と仲良くなっているのよ」
弟キースは父とは違い、着実に仕事をこなすしっかり者だ。
いつの間にかあちこちに顔を売り、恋人を作っているのに気付いたのはつい先日。このままキースが結婚すれば、自分は実家で邪魔者になってしまうことにクラウディアは気付いた。
実家の経営に口出すだけの、未婚の姉。しかも酒豪。最悪じゃないか。
「だからわたし、最近あちこちの夜会に出るようにしているのよ、なのに……」
「求婚者が誰もいないってわけか」
エディがくくくと笑ったので、腹が立って彼の腕をぺちんと叩いた。筋肉質な体で全然痛くないくせに、わざとらしくエディが痛がるのでますます腹が立つ。
相手はれっきとした王太子だが、こんな気安いやり取りが出来るのも二人が幼なじみだからである。今日もエディの妹の誕生日会の打ち合わせのため、二人で会っているのだ。
「ほら、もう二十三じゃない? わたしがお父様をツンツンしている間に大半の男性は結婚していて、それかお相手がもういるの」
「前侯爵への下克上をツンツンって言うなよ」
「誰かいい人いない?」
クラウディアがずいっと身を乗り出すと、エディは目を瞬いて、そのまま視線が宙を彷徨った。
しばし、待つ。
窓から風が入って来て、クラウディアのドレスの襟とくるみ色の髪、それからエディの黒髪を撫でる。
同じ色をしたエディの瞳が未だ虚空を見つめているが、これは彼が考え事をしているときのくせだ。じっと固まって動かなくなる。
彼は非常に賢いので、頭の中でクラウディアの家柄、性格などを加味して王国貴族名鑑から適した人物をリストアップしてくれているのだろう。
エディもクラウディアと同じ二十三歳。
幼い頃は、クラウディアは他の上級貴族子女たちとともにエディの婚約者候補であった。しかし数年前から、国外との連携強化のため近隣国の姫との婚姻が成されるのではないかと噂されている。
さらにクラウディアの実家であるブラームス侯爵家のお家騒動と悪評は前述の通り。クラウディアは王太子妃候補からは完全に外れており、エディとは良い友達だ。
ずいぶん待って、焦点の定まったエディと目が合った。
わくわくして返答を待った、が。
「ごめん、思いつかない」
「な、なんですって! すごく待ったのに!」
「すぐ思い付く人物には該当者がいなかった」
「むむむ……、地道に頑張るしかないってことね」
「頑張って、協力するから」
というわけで、クラウディアは婚活することにした。