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5 初恋の人

「アーロン殿下をお見掛けしませんでした?」

「ああ……先ほどチラリとお見かけしたのですが……あちらに行かれたような……」

「どうもありがとうございます」


 アリソンは先ほどからあちこちで同じように尋ね歩いていた。アーロンがいないという認識をこの会場中にアピールする。本来なら婚約者であるアリソンの側にいるべき人がいない。アーロンがどんな()()か知っている人々は少し歯切れ悪く答えるが、もちろんアリソンは何も知らないような顔をしていた。


「殿下、ご気分を悪くされたのかしら? 心配だわ」


 我ながら白々しいと思いながらも、アリソンは世間のイメージ通りの未来の聖女を演じ続けた。アーロン殿下を恋い慕い、アーロンがあちこちの女性に手を出していることを何も知らない無垢な少女。

 

(そろそろいいかな~)


 ギルバートと目があった。彼も同じことを考えているのだ。

 その時だ、


「陛下!」


(え!!?)


 まさかの国王までやってきたのだ。未来の聖女のために。


(ま~この人にとっては私は神殿側と上手くやってくためのアイテムだしな……)


 自分の威厳を高めるため、人間(パーツ)の機嫌を取りに来たのだろう。なにしろもうずっと神殿と王家は仲が悪いままだ。これをまとめ上げれば彼のパッとしない功績がガラリと変わり、後世の評価すら期待ができる。……チラリと向いた視線の先にアリソンの祖父母がいたことも理由の1つかもしれない。


「やあアリソン。随分綺麗になった。それに顔色もいい」

「いつも陛下やアーロン殿下にお心づかいいただいておりますので」


 実際は彼らの従者があたりさわりのないプレゼントを送ったり、代筆の手紙を送っているだけなことは知っているが。そこはアリソンも()()だ。


(役者はそろった!)


 アリソンはギルバートに視線を送り、彼が頷いたのを確認する。


(国王までいるなんて出来過ぎな気がするけど……どの道やりあわないといけない相手だし)


「陛下、実は少し折り入ってお話がございまして……」

「どうした? 何でも言ってみよ。今日はそなたの誕生祝いだ。なんでも聞いてやろう」


 にこやかに笑うが、アリソンは知っている。結局この王は最後にデボラを選ぶのだ。


「ここでは少し……来賓室にご案内しても?」

「かまわんよ」


 王の護衛達も一緒に屋敷にある一番立派な来賓室へと案内した。

 アリソンは緊張で心臓が張り裂けんばかりに鼓動を打ち、その音が外に漏れていないか心配になる。


 途中、王太子の護衛が目を見開いて慌てて追いかけてくるのを、ギルバートの部下がすぐさま制止したのを横目で確認する。


――カチャン


 屋敷の使用人が王の登場に驚きながらも急いで来賓室の扉を開けた。 


「きゃあああああああ!!!!!!!!」


 大きく息を吸った後、これでもかという大声でアリソンは叫び声を上げた。


「うそっ!!! そんな!!! どうして!!! どうして!!!? いやいや! いやよ!!!」


 そのまま叫び続ける。屋敷中に聞こえるように。そうしてそのまま崩れ落ちた。


 周囲は時が止まったかのように固まってしまっている。だがそれも、王の一喝で終わりだ。


「な、な、な、何をしている!!!」


 血管がキレそうなほど顔が真っ赤になっていた。


「きゃあ!」

「ち、父上!!?」


 来賓室の中には素っ裸の男女が2人。王太子アーロンと、侯爵令嬢ミディアムだ。


(なーにが、きゃあ! だっつーの)


 未来の聖女アリソンの叫び声を聞き付け、屋敷中から人が集まってきた。使用人だけではなく、会場に来ていた貴族や商人達もだ。アリソンはそれを確認した後、


「そんな……これは夢よね? そうよね……殿下がそんなことするわけ……うぅ……」


 必死に泣く真似をした。だが涙は出てこない。別に悲しくないからだ。それどころか笑いをこらえるのに必死だった。あまりにも上手くいきすぎている。


「お優しい殿下が私を裏切ったりするわけないわよね? ねぇ……誰かそう言って……」


 打ちひしがれるように見えるアリソンに、誰もが声をかけられなかった。アーロンが女好きなことは皆知っていたからだ。

 イメージ通り、純真無垢でアーロンを心から慕っていた彼女が現実を知り、打ちひしがれている姿を見て、人々は深く同情していた。


(それにしても……よーやるな……他人の家で)


 人は更に集まってくる。事実を知る人間は多い方がいい。


「ち、違うんだこれは……彼女が勝手に!」

「そんな! 私だけを愛していると仰っていたではありませんか! だから体を許したのに!!!」


 あっちはあっちで揉め始めている。収拾が付かなくなる前にこれだけは言わなければ。


「う……うぅ……陛下……先ほど、なんでも聞いてくださると仰ってくださいましたよね……」

「あ、ああ。そうだ。なんでも申せ!」


 王は焦っていた。だからまさかアーロンを慕うアリソンからこんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。


「アーロン殿下との婚約破棄をお許しください」

「は?」

「アーロン殿下との婚約破棄をお許しください!」


 二度目は声を大きくして。その場にいる人に聞こえるように。


「いや、それは……神殿側との話もあるしな……」


 王は予想外の()()()に狼狽え、しどろもどろだ。


「ですがもうこの光景を忘れることは出来ません……」


 今度はシクシクと泣いて見せる。


「それに……それにもしあちらのご令嬢が殿下のお子を宿していたらどうなるのですか……」

「いや、それはだな……」


 今度は王もモゴモゴと口ごもるしかない。


(いやこれ、ガチ問題だからね)


 実際原作で、ミディアム侯爵令嬢は妊娠した。が、その頃にはもうデボラが台頭している。嫉妬に狂ったデボラによってミディアムはお腹の子共々殺されてしまうのだ。


(これはボランティアよ。命を助けてやってるんだから睨まないでよ)


 アリソンは刺さるような視線を彼女から感じていた。だがアリソンは知っている。ミディアムもアーロンの他に男がいるのだ。結局どちらの子かは原作でわからずじまいだった。


(あっちもこっちもよーやるわ!)


 そういうドロドロした物語が売りだったから仕方がないのだが。


(ま~この後厳重にミディアムを隔離すれば、どっちの子だったかはわかるかな)


 この話はデボラがいかに残酷な人間かを読者に知らしめるエピソードだったが、王太子アーロンも婚約者の誕生日に婚約者の実家で()()()()()という愚行を働いている記載があったため、不義密通の現行犯として捕まえる未来()にもなってくれた。

 ただ今回は、原作と違い小規模なパーティではなく大々的なパーティへと変わったので、どこで誰と、どのタイミングかわからなかった。ギルバートとその部下がいい仕事をしてくれたおかげで、期待以上の成果を得ることが出来たのだ。


(結局相手は原作通りミディアムだったし、お気に入りなのかな?)


 当事者アーロンはことのヤバさがわかっているのかわかっていないのか、へらへらしながら服を着ている。


(何したって立場と顔で許してもらってる男だもんな~)


 あれほど憧れていたというのに、今ではクズにしか見えない。


「ああ……可哀想にアリソン!」


 家族や使用人達が同情してアリソン以上に悲しそうな顔をしている。


(皆ごめんねっ!)


 アリソン自身は全くメンタルにダメージを受けていないが、それを見ると心が痛くなる。だが、この好機を逃すわけにはいかなかった。


「うぅ……もうこの国にはいたくありません……私、消えてしまいたい……」

「そ、そんな!」


 焦ったのは国王だ。聖女がいなくなるのも大問題だが、ただでさえ関係が微妙な神殿と、自分の息子の不義のせいで揉めたくはない。


「だって次の国王は殿下ではありませんか……どこにいても大好きだった方のことを思い出してしまうわっ!」


 それらしい理由は前々から考えていた。

 

「陛下……大変申し訳ございません。本日はこれにてお開きということで、改めて話し合いの場を」

「あ、ああ。そうだな」


 父クリフが珍しく怒りを抑え込んでいる表情をしていた。娘が傷ついた姿はかなり堪えたに違いない。だが国王はこれ幸いと、急いで愚かな息子を引き連れて帰って行った。


「み、皆様……うぅ……もも申し訳ございません……せっかく来ていただきましたのにこのような……な、情けない姿をお見せして……」


 涙を堪えるフリをしながら大袈裟に悲しむ姿を客人たちに見せつける。


(同情しろ~同情するのよ~!!!)


 そうしてアリソンも侍女たちに支えられながら自室へと戻ったのだった。


◇◇◇


「どうだった?」

「はい。後方にいた参加者までうまく話は届いております」


 ギルバートは澄ましているが、内心は複雑だった。

 作戦が予想以上に上手くいき安堵し、愛するアリソンを蔑ろにする王太子に怒りを覚え、同時にその事に全く傷つかないアリソンを見て嬉しく感じる自分が許せない。


「よし。とりあえず布石は打てたわね」

 

 アリソンは満足そうに頷く。


 今日このタイミングで婚約破棄も、この国を出ることも許されるとは思ってはいない。だがアリソンの叫びを多くの人が聞いた。これが現実になった時、今日この日の事がきっかけになったと思う人は多いだろう。


「お父様たちはどう?」

「王家への信頼は皆無ですね。大帝国への移住も本気でお考えのようです」


 あのように家族を傷つけられて、王家に忠誠を誓えるようなタイプではないことはわかっていた。そんな思いを両親や弟にさせることは辛かったが、さらに辛い未来よりはマシだ。


「もちろん俺も大帝国までお供しますよ」

「心強いわ!」


 ギルバートも、事前にアリソンから聞いていなければ自分がどういう行動をとっていたかわからないと感じていた。大切な彼女を傷つける人間は、例え王族であろうと許すつもりはない。


 パーティの参加者たちは、期待以上の仕事をしてくれた。数日後にはアリソンの誕生パーティの出来事は、王国中の人間が知っていた。

 もちろん。デボラ・クローズも。


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