3 復讐回避計画②
まずは王太子アーロンだ。彼をつつけばいくらでも浮気の証拠は出てくる。あちら有責で婚約破棄してしまえば、少なくともデボラはアーロンの件でアリソンに難癖をつける理由がなくなる。
(現王は高齢だし、早く王太子を結婚させたいはず。次の婚約者も早めに決めることになるわ)
アリソンにかまってる場合じゃなくなるだろう。クローズ家もアルベール家を陥れるために金を使うより、娘を王妃にするために金をバラまく必要がでてくる。未来の王妃の座を狙っている人間は多いのだから、スピード感も大切だ。アリソンも本来なら大神殿での修行が終わり次第すぐに結婚する予定になっていた。
(これ、1人じゃ無理ね……)
残念ながら、アリソンは長らく箱入り娘だったので屋敷の外に伝手がない。その上未来の聖女である彼女は簡単に出歩くことも出来ない。協力者が必要なのだ。
だが家族は残念ながらあてにはならない。全員善良で、きっとこれからアリソンがあくどいやり口でデボラ達をやり込めたらきっと心を痛めるどころではなく、アリソンを止めにかかるだろう。
(それじゃあダメなのよ!)
話せばわかる、なんていうお人好しタイプの両親をよく知っている。なにより原作でもそうだったのだから。
そうして何もかも失い、父親は無力な自分を酷く責めていた。母親は子供達に何度も謝っていた。自分達の善良さを後悔し、打ちひしがれた。そんなの現実で見たいわけがない。
アリソンは自分の手を汚すことに躊躇いはなかった。だが他人は別だ。
(彼に手伝ってもらうのは心苦しいけど……)
結局、ギルバートに頼むしかない。彼の気持ちを利用するのは心が痛いが……。だが彼の手腕は作中、証明されている。
(今回は悲しい結末じゃなくて、幸せな未来の為だから……頼ることを許してちょうだい!)
彼と一緒に死ぬつもりはない。そうならないために実行するのだ。
原作のギルバートはアリソンとその一家の幸せを心から望んでいた。だが現実のギルバートは?
(私もアルベール家の一員よ。彼にはフェアに生きなきゃ)
真実を話そう、そう決めた。
それをどう受け止めるかは、彼次第だ。
◇◇◇
「……?」
「いやだからね、前世で」
「あ、いやその……お話はわかりました」
頭にハテナをたくさん浮かべていたギルバートの為に再度説明しようとしたところ話を止められた。
「信じられないかもしれないけど」
「いえ、最近のアリソン様のご様子が変だったワケがこれで理解できました」
「変だった!!?」
自分の中では上手く隠せていたと思っていたアリソンは動揺した。
「……はい。おそらく屋敷中そう思っているかと」
「うそ!!?」
(1人で何でもないフリしてたってこと!?)
恥ずかしい……と両手で顔を覆った。
ギルバートは少し心配そうに尋ねる。
「しかし……本当に聖女という身分も、王妃になる未来も手放してよろしいので?」
普通の人にとってはとても手放しがたいものだ。命を懸けたって手に入るものではない。だがアリソンは清々しい顔をしていた。自分がやることが決まっているからだろう。
「聖女で王妃って欲張り過ぎでしょう?」
おどけたような表情だ。ギルバートが原作通り、自分の気持ちよりもアリソンを何より優先させることがわかる問いかけに、照れてしまうのを誤魔化している。
「まあ確かに……」
彼は苦笑するしかなかった。アリソンが自分の役目の大きさにプレッシャーを感じていたことをギルバートはちゃんと気付いている。それでいて、期待に応える為に日々努力していたことも知っていた。
「それに、なんで私1人が国の為にあくせく働かなきゃならないのよ! そういうのは心からやりたい人がやった方がいいに決まってるわ!」
(それがデボラよ!)
ビシッ! と、閉じた扇子を真上に掲げ、開き直るかのように宣言した。これが正真正銘の正直な気持ちなのだ。決して崇高な理由ではない。ギルバートを巻き込むのなら、そこを誤魔化してはいけないとアリソンは思っていた。
ドキドキと緊張する時間はそう長くは続かなかった。ギルバートはすぐに答えを出したのだ。
「そのお話、お受けします」
「え! そんな簡単に決めちゃっていいの!!?」
それにこれほど突飛な話を、全く疑わないことも不思議でしかたなかった。
「当たり前です。俺はアリソン様の為に生きるって決めてるので。嘘だろうが何だろうが関係ありません。もちろん理由も」
(ひゃぁぁぁぁ! 嬉しいけど恥ずかしい~~~!)
アリソンは彼の気持ちを知っている事だけは伝えずにいた。ギルバートの立場になれば、アリソンからだけは知らされたくはないだろうと考えたからだ。だからただ顔を真っ赤にするしかない。
「あ、ありがとう……恩に着ます」
「まあ俺も流石に炎に焼かれたくはないんで!」
ニシシといたずらっぽく笑った後、
「頑張りましょうね」
彼女のこれまでの苦悩をいたわるような優しい笑みに変わり、深く頭を下げて部屋を出て行った。早速情報収集に取り掛かるためだ。
(そりゃ焼かれたくはないわよね!)
アリソンはウンウンとうなずく。そして何とか物語が変わり始めたことに、少しだけドキドキと心臓が大きく動くのを感じたのだった。
その頃廊下でギルバートを見かけた使用人達は、珍しく厳しい表情をした彼の姿を見て驚いていた。