番外編1 運命の出会い
(これは……これは運命だわ! ついに運命の人に出会ったのよ!!)
デボラはうっとりと目の前の男性を見つめていた。仮面の奥に見える美しい瞳から目が離せない。これで三度目だ。
「また会ったね」
そう言ってデボラの手を取った長身の男性はもちろんアーロンである。仮面をかぶったままでも彼女だと一目見て気付き、真っ直ぐに向かってきたのだ。
「初めて出会ったペレンシア邸の舞踏会から、君のことが頭から離れなかったんだ」
「私のこと覚えてくださっていたのですか……! か、仮面だってつけているのに……」
喜びで声がうわずっている。デボラは初めての出会いからアーロンのことを気に入っていた。彼の身なりだけではなく、持ち物に相応しい所作の美しさ、声、優雅なダンス……顔が見えないというのに、それ以外の全てで彼女を魅了したのだ。
クローズ家は商家から成り上がったということもあり、デボラは生まれてずっと高価なものに囲まれて暮らしてきた。自然と『価値あるもの』を見る目が養われていたのだ。
これまで、そんな彼女のお眼鏡にかなう男はいなかった。ある意味この国で一番価値のある男に惹かれたのは当然かもしれない。
熱烈な眼差しに満足そうに頷きながら、アーロンはそっとデボラの耳元に口を近づける。
「当たり前じゃないか。どんな仮面を被っていたってね」
これは彼の特技。女性のほんの少しの特徴を捉え記憶する。……その女性に興味のある間は……。
「君は罪深い人だ……どれだけ仮面で顔を覆ったとしても君の美しさは隠せない」
いつものデボラなら、そんなこと当たり前でしょう? とばかりの態度になるのだが、彼女の恋心は今、猛烈な勢いで燃え盛っている。よってアーロンの言動全てに一喜一憂するのだ。彼が世界の全てと言わんばかりに。
「まぁ……っ!」
感激のあまり言葉が続かない。それほどデボラにとってはアーロンとの出会いは文字通り人生を変えるほどのものなのだ。本人だけでなく国を巻き込むレベルの。
(ふふっ単純で可愛いじゃないか。さあ、仕上げだ)
くいっとデボラの顎に手を添えたアーロンは、自信に満ちた声をしていた。
「これは運命だよ。世界の必然さ」
決まった……! とばかりにサッと前髪をかき上げる。デボラが『こういう台詞』を求めていることを直感的に感じ取っているのだ。
(やっぱり……!! この方も運命を感じていたのね!!)
アーロンの最大の誤算は……目の前で頬を染め目を潤ませている女性が……国内屈指の行動力を持つということに気付けなかったことだ。いや、そもそも気付こうともしていないが……。彼女が自分との『運命』を絶対的なものにするため、あらゆる手段を使ってその地位に登りつめるなど夢にも思っていない。
「あの方のことを調べて」
夢のような舞踏会が終わった後、デボラは即行動に移る。彼女の運命の相手が誰か、金にものを言わせて探らせたのだ。仮面の下の素顔を。
「王太子!? アーロン殿下ですって!!?」
結果はご存知の通り。歓喜の悲鳴がクローズ邸から上がっていた。
「だからいつまで経っても真実を教えてくださらないんだわ!」
その後も何度か舞踏会で出会うも、アーロンは決して仮面を取ることもなく、もちろん名前も名乗らない。運命の相手である(と言っている)デボラに対しても。そこに少しの不満があった彼女には大変都合のいい理由が湧き上がったのだ。
「確かアーロン様、国のためにしかたなくアルベール家の娘と婚約されたのよね?」
デボラもアーロンとアリソンの婚約が、国と神殿との結びつきを強めるためだということは知っていた。
「ああ……アーロン様……お可哀想……!」
ここからが彼女の凄いところだ。悲劇的な運命を嘆き、可哀想のヒロインになることはなく行動、行動、即行動。
「そうよ! 私が聖女になればいいんだわっ!!」
なんせほんの少し前、突如彼女に治癒魔法が発現したのだ。これ以上ないタイミングに、デボラの頭の中はまたあの単語でいっぱいになる。
「やっぱり私がアーロン様の結ばれる運命なのよっ」
彼女は確信した。自分の未来を。アーロンの隣に立つ自分を。
そしてそれは実際その通りになる。ただし! 彼女が望んだ通りの姿かどうかは別の話だが……。
「やるわ! やってやる!!」
この運命がどんなものかも知らず、デボラはキラキラと輝いた笑顔で幸せな未来だけを思い描いていた。
この後待ち受ける困難など知らずに……。
◇◇◇
デボラとアーロンの出会いは舞踏会。それも仮面付き。
これは原作情報だ。私は世間知らずな箱入り令嬢として今世を生きてきたので、そんな社交場があること自体知らなかった。
(二人は何度も仮面舞踏会でお互いを見つけたって話だけど)
現状把握のため、重要人物についての情報はできるだけ集めておきたい。ここで大活躍なのができる男(これも公式情報だ)ギルバート!
「今も仮面舞踏会って流行ってるの?」
「ええ。特にここ数年は多く開催されているようです。仮面をつけることで身分関係なく楽しめる……とは言っても豪華なドレスや仮面が必要となるとだいぶ絞られますが」
金持ち向け仮面舞踏会にはそれなりの人物が集まるということか。だから金持ち男爵令嬢デボラと王太子のアーロンは何度も似たようなパーティで再会することができた。
「あの二人については今も探らせています。デボラ……様はここ最近控えているようです。大神殿に入るための準備を進めているそうで。殿下は……」
アーロンの情報になったとたん声が小さくなる。ギルバートはどう言えば私が傷つかないかと言葉を選んでいるようだが、いつまでたってもいい文言が浮かばないようだ。えー、とか、あ~、とか、その~……と、落ち着きなく視線をキョロキョロとさせている。
(優し~~~! そんなこと気にする必要なんて少しもないのに!)
すでに私の初恋はキンキンに冷え込んでいる。夢から完全に覚醒しているのだ。楽しい夢をありがとうアーロン!
(それはそれとして、やったことには責任を取ってもらうけどね!!)
思わず悪い顔をしてしまった後、ギルバートを促した。何を聞いても大丈夫だと。
「……暇さえあれば参加しているようです。王太子という身分がなくとも女性を簡単に口説き落とせると側近達に自慢しているらしく……」
「カーーーッ! あの男はっ!」
ビクリと肩を揺らしたギルバートを見て、おっと失礼……と慌てて口元を扇子で隠す。原作情報よりリアルな彼の生態を垣間見て、思わず前世成分多めなアリソンが飛び出してしまった。軽く咳払いをして気持ちを落ち着ける。
「殿下が狙ってる令嬢達の把握をお願いできるかしら」
「承知いたしました」
さて、デボラ以外に何人いるのやら……。
(まあいいわ。最後はぜーんぶデボラに押し付けてやるんだから!!)
復讐姫になんてなってたまるもんですか!




