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12 面談

 預言者マレリオが原作より早くデボラを脅しにかかった理由はすぐに判明した。


 大神殿のデボラの部屋にあるソファにゆったりと腰をかけ、アリソンは報告を受ける。


「賭博か~……」


 アリソンの『預言』が出回ってしまったせいで、マレリオが偽の預言を発表することを渋ってしまい、クローズ家が彼に追加で金を渡していたのだ。原作以上の金を手にした預言者マレリオは賭博に手を出し、まんまとハマってしまったらしい。


(やっぱりあっという間に未来(物語)は変わっちゃうんだ)


 今更どうしようもないが、これはデボラに渡した『弱み』ではどうしようもなかった。賭博の借金が発覚したらそれこそマレリオは失墜してしまう。そうなればクローズ家も終わりだ。


「なんであんな奴が預言者なんかに!」


(お前が言うか!)


 悪役の割にデボラは潔癖なところがある。買収は許せても買春も賭博も許せないらしい。


(いや~自分の為なら買収も人殺しもOKってのはやっぱり悪役らしく自分勝手か……?)


 アリソンは少し呆れ顔になっているが、それには気付かずデボラは怒りのスイッチが入ってしまったようだ。


「この間なんて執務室でお酒を飲みすぎて大騒ぎした挙げ句、転んで大怪我したらしいわ! カルラ様が急いで治癒魔法をかけたらしいけれど……ああ! 腹立たしい!」

「飲む打つ買うの三拍子ってやつね~マレリオ様もしょうもないお人だこと」


 他人事のようなアリソンに、デボラはあからさまに不機嫌だ。


「我が家は大変だったのよ!? 結局借金を立て替えて、貴女への支払いや……隠ぺいに走らせる人間にもそれなりの報酬がいるんだから!」


(しっかり経済回しちゃってるな~)


 大金持ちのクローズ家からそこまで文句が出るのだからそれなりの額だったと予想ができる。


「まぁ……弱みを握られてることがわかったんだから、これからは早々簡単に脅してきたりはしないでしょう。まったく大騒ぎして迷惑よね~」


 あはは! と、アリソンはアーロンから差し入れられた王宮専属の菓子職人が作った甘い焼き菓子を頬張る。


(美味しい~! これ、私にくれたことないわね!?)


 アーロンとデボラは順調に仲を深めていた。というより、デボラがうまく立ち回って、アーロンが追いかける……というアリソンが求めていた図が出来上がっている。


「ちょっと貴女っ……!」


――パチンッ


 いつものように音が鳴る。


「……っ」

「ふぉれより……失礼……それより、預言対処の準備は終わってるの?」

「フン! ちゃんと派遣できる物資も人員も確保してるわ。もちろん住居再建のための準備も進めてる」


 デボラは当たり前だと言わんばかりの強気な態度だ。

 昨日、ついにマレリオの最期の預言が発表された。ワーレル山付近の住民は大慌てで避難を始めている。


「……貴女はずいぶんノンビリじゃない。大切な国民が被害にあうかもしれないのに」


 わざとらしくアリソンを非難する。デボラの言う通り、記憶が戻る前の彼女であればきっとこれだけで心を痛め、人々を心配したことだろう。


「あら~国民の心配は、未来の聖女で王妃様であられるデボラ様の領分ですことよ~。私は自分のことで精一杯ですの~」


(そのためにクローズ家にあれこれ準備してもらったわけだし)


 この預言がちゃんと公表されたことにより、人的被害はなくなる。自然災害を止めることは出来ないが、その後を復興する準備もデボラによって既に整っている。


「いい!? ここで名を上げるのよ! 成金貴族なんていう貴族に言ってやりなさい!」


 扇子をデボラの口に向け突き付ける。


「『じゃあお前が金を出せ!』 ってね」

「……。」

「金を出さずに口だけ出す人間が鬱陶しいのは誰だってわかるし、クローズ家の評価爆上がり間違いなしよ」


 ここまで言って、アリソンはまた1つお菓子を口に放り込んだ。


「ひょうにんよっきゅ……承認欲求が満たされるわよ~人々に感謝されて認められて……気分が悪くないわけないじゃない?」

「なにそれ……」


 意外なことに、当初デボラはそういったことにあまり興味がないようだった。あくまでも自分基準だ。皆の憧れのお姫様になりたいわけではない。自分の欲望が叶えば他人はどうだっていい。聖女になるのも、アーロンと結婚する為に必要だからだ。

 だが最近はアリソンに褒められてこっそり隠れて喜ぶ彼女がいる。なんの理由もなく褒められていたわけではなく、努力の裏打ちがあって褒められるというのはこれまで経験がなかったからだ。


 ごくん。とお菓子を飲み込んで話を続ける。

 

「これで世間は思うわ! 預言者マレリオの預言、正しいんじゃない? デボラ様ってちゃんと聖女の資質あるじゃん! ってね」


(はぁ……ここまで長かった……)


 ゴクゴクと豪快にお茶を喉に流し込むアリソン。そして何か考え込むデボラ。


(起こることがわかっていても、そう簡単にはいかないもんね~)


 これまでの苦労を思い出す。うまく行ったと思った後の後始末の多いこと多いこと。最後まで気を抜けない。


「……貴女、それからどうするの?」

「ん?」

「私がマレリオ様の予言通りの聖女なら、貴女は偽聖女でしょう?」


(え!? 私の事心配してる!? ……なーんてね)


 ニヤリと口角を上げ、どちらが悪役かわからないような表情だ。


「心配ご無用。どうするかは考えてるわ。……方法も内容も秘密だけど!」

「チッ!」


 アリソンの考えを本来の悪役にバラしてなにもかも駄目にするわけにはいかない。


(まったく! 油断も隙もないわ!)


 表向き()()()過ごしてはいるが、決して弱みを見せてはいけない相手だ。

 

「そういえば、イザベラ様とのお茶会準備ももちろん大丈夫でしょうね?」

「フン! 私を誰だと思ってるの!」


 今度は少々顔がこわばっていた。口調ほど自信はないのだろう。


 大聖堂での修行も終盤だ。アリソンとデボラは未来の聖女候補として現聖女イザベラとのお茶会と言う名の面談が待っている。それぞれ1人ずつ。

 デボラの治癒能力はアリソンによる指導と本人の努力によってかなり向上していた。それでも到底アリソンには敵わないが、治癒師の能力でみれば十分だ。


「やっぱりイザベラ様に賄賂は効かなかったでしょ?」

「なんで知ってるのよ……」


(原作で読んだから~)


「まぁ、デボラ様のお家ってそういうの好きだし~」

「……。」


 聖女イザベラは聖女という役職に誇りを持っている。賄賂なんて逆効果。なのになぜ原作でデボラを選んだかというと、単純に神殿内、王国内の混乱を防ぎたかったからだ。

 彼女は何より国内の安定が大事だと考えている。余計な争いは避けるべきという思考の持ち主だ。

 原作では偽聖女のレッテルが貼られていたアリソンより、真なる聖女と自他共に認めるデボラを選んだ方が問題が少ないと判断していた。例え能力がアリソンの方がずっと上だとわかっていても。そういうことが出来る人間(聖女)であることを忘れてはいけない。


「貴女だってちゃんとやれるんでしょうね!? 例え神殿内と世間が私を次期聖女と認めても、イザベラ様の指名がないとどうにもならないのよ!?」

「やだ~そんな風に言われたらプレッシャー感じちゃ~う」


 ここをクリアする為にこれまで積み重ねてきたのだ。勝算は十分にある。


(イザベラ様の性格と好み、それから原作でデボラを選んだ決定的な理由が今も変わってなければ大丈夫……のはず!)


◇◇◇


「それで……本当に次期聖女の座を辞退するというの?」

「はい。散々目をかけていただいたのに申し訳ありません」


 身体は弱っているはずだというのに、聖女イザベラは威厳と自信に溢れる姿だった。白銀の椅子に背筋を伸ばして座り、美しい動作で紅茶を口に含む。

 アリソンは国王を前にするよりよっぽど緊張していた。彼女には全て見透かされているのではないかと不安になる。


「頭のいい貴女ならわかるわね。そんなこと、罷り通らないということを」


 ゆっくりと、しかしキッパリとアリソンの目を見ながら。

 どうやら聖女イザベラは、原作とは違いアリソンを後継者と考えたようだ。今のアリソンの世間の評価なら問題ないと判断した。


「貴女の現状を知らないわけではないわ。だけど貴女は予言通り歴代最高峰の力を持っている……」


 現状とは主にアーロンのことだ。彼の女癖の悪さに苦労させられることが誰の目に見ても明らかなのだから。そうして同時にマレリオの預言を信じていないのだと言うことがわかった。


「それでも、私がなるべきではありません」


 今度はアリソンがイザベラの目を見つめてハッキリと告げる。


「……あのデボラ嬢の力を高めたのも貴女でしょう。後進を育てる力がもうあるだなんて」

「ご存知でしたか」


 これに関しては、アリソンは敢えてバレるように特訓していた。デボラはプライドから可能な限り隠したがっていたが……。


(イザベラ様も努力でのし上がった人よ。天才型の私より、心情的にはデボラを応援したいはず)


 が、同時に自分の気持ちだけで動かないイザベラには好感が持てる。


「デボラ様、それは一生懸命でした。あの負けん気はある種の才能です。次期王妃としても、それは必要になるかと」


 姑息な手を使ってでも望みを叶える我の強さ、それがあればあのアーロンとやっていけるかもしれない。


(かも、だけどね……)


「今の貴女でもそれは可能ではなくて?」


 記憶が戻る前だったら到底無理だったが、今のアリソンならあの王太子すらコントロール可能だとイザベラは見破っている。


「愛があればもしかすれば……ですがもう……」


 少し困ったように笑って見せる。


「……聖女の栄誉を捨てるというの」


 今度は伏し目がちだった。イザベラも最初から答えはわかっているのだ。


「私は身勝手な女です。国民に愛されるより、自分自身に愛されたいのです。そのために、私はその栄誉を捨てなければなりません」


 それを聞いてイザベラは小さな微笑みを浮かべ、それから大袈裟にため息をついた。


「はぁ~~~しばらくは荒れそうね……」

「大丈夫です。次期預言者はあのローガン様ですわ!」

「でもまだマレリオは若いのよ。世代交代はまだ……」


 その言葉の途中、ハッと表情を変えた。


「アハハ! そうなの! 抜かりはないってことね」

「さぁなんのことでしょうか?」


 とぼけながら微笑むアリソンに、イザベラはいつもの彼女からは考えられないほど大声をあげて笑っていた。


「デボラ嬢を呼んでちょうだい。少し脅しておきましょうかね」


 イザベラとのお茶会の部屋へ向かうデボラはかつてないほど真っ青な顔になっていた。


(あ~就活を思い出すわね……)


 アリソンはデボラを追いかけ、バチンと背中を軽く叩いた。


 そして親指を立てて、


「グッドラック!」


 ウィンク付きで励ます。


「はぁ? 意味不明なんだけど!」


 そういつもの調子でぷりぷりとしながら、また元通り廊下を歩いて行った。

 少しだけ足取りは軽くなったようだ。



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