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11 敵地

「よくもまぁ……あの令嬢(デボラ)を手なずけましたね!」


 ギルバートは馬車に乗り込むアリソンに深く頭を下げたデボラを見て驚嘆の声を上げた。


「油断は禁物だけどね。腹の中じゃ~あのゴミクソ女って思ってるだろうし」


 実際その通りだが、少なくとも人前では友好関係を築くことに成功していた。デボラの方も結局アリソンの言う通りにするのが聖女への一番の近道だとついに理解したのだ。

 アリソンにしてみればどう思われようと一家全滅するよりはいくらもマシなので、手を緩めるつもりもない。


(デボラが改心なんてとんでもない! 単純に利があるってやっと気が付いただけよね~)


 だがアリソンは気づいていない。デボラが彼女のことを恐れていることを。敵に回してはいけない、今ではそう理解していることを。


 大神殿で修行する治癒師のタマゴたちは、月に一度だけ帰宅を許されている。王都に自宅がない者は街中をぶらついたりとリフレッシュして過ごすことが多い。馬車から見える彼らに手を振る。彼らも嬉しそうに手を振り返していた。


「いやでも……少し前までは悪意どころか殺意に満ちた目でアリソン様をみてましたよ」


 大神殿から出てくる人の表情も、その時に比べて穏やかだ。ピリついた空気がなくなったおかげで、本来の目的である治癒魔法の訓練や勉学に励むことが出来ていた。


「だから油断はしないわよ! この国を出るまではね。……それでどう?」

「万事順調です。と、言いたいところですが」


 最終目標である国外脱出の準備は順調に進んでいた。


(なんにしてもデボラを聖女にして、婚約破棄するのが先なんだけど……)


 頻繁にレグシア大帝国にいる祖父母と連絡を取り合い、受け入れ態勢はばっちりにしてある。アリソンの祖父母も、例のパーティで孫の結婚相手の醜態を見ているせいか、すぐにでもこちらへ来たらいいとすら言っていた。

 大帝国は王国よりも身分制度が激しくない。その分、何かしら実力がなければ、貴族だろうが平民だろうが上のクラスにいくのは難しい。


「マレリオ様がやっちゃってくれました。アリソン様がおっしゃっていた時期よりも早くクローズ家を脅しにかかってます」

「んなっ! 予定外なことはやめてほしいわ! ……デボラはそのことを?」

「いえ。俺もさっき報告があったのでこれからでしょう」


 うーん……とアリソンは腕を組み、頭をそらせて考える。馬車は石畳の上を軽快に走り続けていた。


(マレリオにはもちろん退場してもらうつもりだけど、まだ早いんだよな~)


 彼にはまだ少しだけ役目がある。()()の預言が残っているのだ。


「クローズ家へ行きましょう。あの家流血大好きだから、マレリオ様殺さないよう言っとかなくちゃ」


(あーあ、これがハッピーな恋愛小説だったらこんな心配いらないんだけど)


 残念ながらドロドロの復讐小説なので、主要人物はもれなく『死』の対象だ。


「承知しました。急がせましょう」


 ギルバートは少し険しい顔になった。なんせこれから敵地に乗り込むのだから。


◇◇◇


「こ、こ、ここれはこれは……アリソン様……!」


 豪華な屋敷の玄関で、クローズ家の使用人があからさまな動揺を持って迎えてくれた。


「デボラ様がいつでも遊びに来てもいいとおっしゃったので……来てしまいました!」


 満面の微笑みだ。少し常識のない令嬢を演じているが、彼女の箱入りっぷりはそれなりに知られているので、そういうこともあるかもしれない、と使用人は混乱した自分の頭を無理やり納得させた。


「アリソンッ……様!?」


 報告を受け急いで玄関までやってきたデボラも顔が引きつっている。彼女もつい先ほど王都の屋敷に帰り着いたばかりだ。


「……ずいぶん耳がお早いですこと」


 自分の味方ばかりの屋敷だからか、久しぶりに強気な彼女を見てアリソンは少し嬉しくなる。()()し甲斐があるというものだ。


「クローズ男爵はいらっしゃらないのですか?」


 全く意に介さず会話を続けるアリソンに少しイラつきながらデボラは答えた。


()()()()が余計な噂を流してくれたおかげで、父は領地と王都を行ったり来たりと忙しい毎日ですの」

「まぁ! よっぽど金鉱山の産出量がすごいのね! 羨ましいですわ~!」


 あどけないアリソンの笑顔を、ギルバートは吹き出すのを我慢して、デボラは頬をヒクヒクさせながら苦々しく見ていた。


『オタクの自慢の金鉱山、そんなに金は出ないわよ』


 デボラの教育を始めてからすぐの事、アリソンはとても親切に未来の出来事を教えていた。自分を信用させる為でもあるが、後々発覚して金策に切羽詰まったクローズ家が原作のように大暴れするのも厄介だったからだ。

 デボラの方は半信半疑だったが、念のためと父に金鉱山の調査を詳しくするよう助言したところ、アリソンの言う通りの未来が見えてしまったのだ。


「嫌味な女!」


 そう吐き捨てながら来賓室へとアリソンを案内した。


「でも私のお陰で、金鉱山の現状は上手く隠せてるじゃな~い」

「……ほんっとムカつく……」


 3人になった来賓室のソファにアリソンはドサリと座り込む。ご令嬢の礼儀作法も何もあったもんではない。あえて無礼に振舞って、デボラの反応を確かめていた。


「それで……マレリオ様の件で来たんでしょう」


 さっさと答えを出せとばかりに、座っているアリソンを見下ろす。アリソンの態度など今更気にも留めない。


「何の話? 私はただお友達のところに遊びに来ただけよ?」

「……ッ」


 デボラはアリソンに不敵な笑みを浮かべさせてしまった。後悔するも、もう遅いことはわかっている。 


「こういう時ってなんていうのかしら~?」

「……うっ」


 こういう時のアリソンに逆らってはいけない。ニコニコしているのに少しも笑ってはいないのだ。手にはいつもの扇子が握られている。

 ぐっと我慢して、正解を答えるしかない。


「……どうすればいいか……教えてください」

「まぁ! よくできたわ! 偉い偉い!」


 アリソンはペットを褒めている時と同じように大袈裟に褒めた。


「手を打つ方法はあるわよ。出すもん出してくれたらね」

「また!?」


 ふっふっふと不気味に笑いながら、親指と人差し指で丸を作りユラユラと揺らした。


(こんな女だったなんて聞いてない!)


 デボラは……クローズ家はすでにそれなりの額をアリソンに渡していた。受け取っているのは代理のギルバートだが、彼の忠臣っぷりはアルベール家に潜ませている密偵から聞いているので、アリソン本人の手の中にあるのと同じだと言うことも理解している。


「いいじゃない! 貴女が聖女で王妃になればいくらでも回収できるでしょ~」

「……本当に打つ手があるの?」

「これが本当にあるんだな~」


 語尾にハートが付いていそうなくらいご機嫌な返事が返ってきた。この憎たらしい女とどうして手を組んでしまったんだろうとデボラは時々考えるが、アリソンの話に乗らなければ、今もきっと大神殿の懲罰房へ入れられてしまうような、惨めで愚かな自分のままだったということはわかっている。


「マレリオ様の弱みを1つだけあげるわ」

「弱み?」


 神殿に所属する者には許されないおこないの数々をマレリオはやっている。その証拠の1つをデボラに握らせて、マレリオにはしばらく大人しくしてもらう作戦だ。


「高級娼婦ヴィータ。今のマレリオ様の大のお気に入り。毎週末通ってるみたいだから、彼女の屋敷周辺張ってたらすぐに引っかかると思うわ」

「娼婦ね」


 デボラは嫌悪感丸出しの顔をしている。神官が異性を()()のはご法度だ。普通の神官なら一発アウトの退場レベルのおこないなので、マレリオにとってもそれなりの弱みとして使える。


(とりあえずそれで収まるといいけど)


 出されたお茶をすすっていると、ギルバートが少し険しい顔になっていた。


「安心して。毒が入ってても自力でなんとかするわ」

「なんて失礼な!」


 デボラはぷりぷりと怒っている。少しは考えて行動できるようになったのだと、アリソンは安心した。


(ついでに今後のことも話しておくか……)


 早まられても困るのはアリソンだ。 


「もうすぐマレリオ様が預言を出すわ。ワーレル山の噴火よ」

「ふーん。預言なんて久しぶりね」


(どの口が!)


 アリソンは思わずツッコみそうになる。最近自分が無理やり預言を出させたばかりではないかと。 


「そう。そして最期の預言」

「なんで……なんでそんなことわかるのよ」


 アリソンは問いかけには答えない。ニッコリと笑うだけだ。


「その後は……彼、もうこの国に必要ないわ」

「……消せってこと?」

「やだ~なんて事言うの! 怖~い!」


 わざとらしくふざけた言い方をする。


「少し早いけど御隠居願いましょう。スピニア島に」


 スピニア島は流刑地だ。今までのように贅沢三昧とはいかないが、住めないわけではない。


「汚職の証拠は山ほどあるし、次期預言者ローガン様は優秀な方よ。かなりね。彼に追求してもらいましょう」


(まぁローガン様の預言も1つだけなんだけど)


 王都が業火に包まれる、そう預言した人物だ。デボラとは相性が悪い……というより、作中でも数少ないアリソンの味方だった。まだアリソンが王国内にいる期間、彼女の味方をし、デボラの醜悪さに気が付いていた人物でもある。

 今はデボラが大人しいせいか衝突はないが、デボラが真の聖女というのには懐疑的な立場にいた。


「わかってると思うけど、我が家に火の粉がふりかかるのも困るんだけど」


 太々しい態度だが、それが悪役らしくてアリソンは少し嬉しくなる。最近のデボラは随分おとなしくなってしまっていたからだ。


「マレリオ様、しっかり証拠を残してるのよ。いつでも相手を脅せるようにね。お宅との手紙とか、綺麗にとってあるわよ」

「……!」

「しかも自分が不意に死んだらその証拠が表に出るようにしてるわ」

「……簡単に殺すなってことね」


(悪役はこうでなきゃ!)


 罪悪感を抱かなくていい相手の方がアリソンだってやりやすい。


「偽預言の信憑性を高めるためにも、この預言は必要でしょう?」

「ぐっ……そうね」


 デボラは手を下せなくて残念そうだ。


「でも変なのよね~貴女が聖女になるまでは協力的なはずよ。というか、聖女になってもらわなきゃ自分が困るワケだし。偽の預言を流した~って世間に言われちゃうじゃない」


 それはそうだとデボラは頷く。


「だから脅してきたとしても融通は利くと思うのよね。そこはそっちで探ってみてくださる?」

「……わかったわ」


 もちろんアリソン、いや、ギルバートも現在進行形でマレリオの状況は確認しているが、本人から聞き出すのが一番早そうではある。


「貴女が聖女になったら、証拠の場所は教えてあげる」


 もちろんアリソン達が国外へと出た後だが。


「ちなみに! 私や私の関係者に何かあったらその時どうなるかもちゃんと考えておいてね」


 ギクリ、と体が震えたのを見て、アリソンは吹き出すのを我慢した。どんなにアリソンの前で()()()()()に振舞っても期待通りのキャラクターのままだからだ。


「さあ、ラストスパートよ! 頑張りましょうね!」


 デボラにしては珍しく、顔を引き攣らせてニコリと答えたのだった。

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