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1 私は復讐に燃えないヒロインである

「あっぶねぇー!」


 アルベール伯爵家の庭で、アリソンが大声を上げて起き上がった。


「お嬢様! 大丈夫ですか!!?」


 屋敷の使用人達が慌てている。先ほどアリソンは庭で走り回るという令嬢にあるまじき行動をとった上、小石に躓き、裾を踏んで勢いよく花壇のレンガに頭をぶつけてしまっていたのだ。


 彼女は穏やかで優しく慈愛に満ち、柔らかなブロンドヘアと神秘的な紫色の瞳を持った美しい少女だった。この日までは。


「すぐにお部屋にお運びするんだ!」


 誰もが顔面蒼白だ。涙を堪える者さえいる。


(大袈裟だな~……私を誰だと思ってんの)


 ぼんやり顔のままアリソンは先ほどの衝撃で思い出した記憶を咀嚼していた。


 あの花壇のレンガに頭をぶつけた瞬間。これまでアリソンの体で体験したことのない記憶が湧き出すかのように溢れてきた。


(まさか私が『復讐姫アリソン』のヒロインだなんて……)


 『復讐姫アリソン』はアリソンが前世で読んだ小説だ。


 預言により未来の聖女と指名された伯爵令嬢アリソン・アルベールは、『聖なる姫』と呼ばれるほどの容貌と教養を持ち、周囲からチヤホヤともてはやされてきた。しかし決して驕らず、高飛車にならず、優しく朗らかで、もちろん努力も怠らない。まさにヒロインに相応しい人となりだった。

 

 だがこの物語はもちろん悪役が存在する。男爵令嬢デボラ・クローズだ。デボラこそ真なる聖女であり、アリソンはアルベール家が成り上がる為に偽の預言により未来の聖女を名乗っている! と王や神殿に告発したのだった。


 結局穏やかな気質のアルベール家は狡猾なクローズ家によってアリソン共々その地位を追われ、婚約者であるノベラス王国の王太子アーロンもデボラに奪われ、最後は王や神殿、そして王国民をも騙した大罪人として、家族もろとも国外追放となってしまう。

 失意の中、家族は異国のあばら屋の中、流行り病でアッサリと亡くなり、ズタボロにされた彼女はこの世のすべてを恨み、裏切り者への復讐を誓った……。


(きっちり復讐は完遂させるんだけど、アリソンの最期がなぁ……)


 唯一最後までアリソンを裏切らなかった幼馴染の護衛兵ギルバートと共に、王都の業火の中に身を投じるのだった。決してハッピーエンドとは言えない。そんな物語だ。


(復讐とかめんどくさ~~~)


 アリソンは前世の人格が今世の人格に馴染み始めているのをベッドの上で感じていた。


(そもそも聖女ってなに! 別に聖女になりたくないんだけど!?)


 この国では王と神殿で権力が二分されている。ここ100年程、関係は悪化しつつあった。未来の聖女であるアリソンと、未来の王であるアーロンの婚約によって、お互い歩み寄り、関係修繕をはかろうしている。


 聖女は神殿側のトップの1人だ。この国では治癒魔法を使える人間が時々誕生する。生きとし生ける者の傷や病をたちまち治してしまう魔法だ。ほとんどの場合17歳までにその能力が確認された。その為、力が発現した者は身分を問わず、18歳になると王都の大神殿に集められ1年間教育を受け、その後は国内各地に派遣され、医師のような仕事を任されることになる。

 聖女はその中から、現聖女の指名を受けて選ばれるのだ。


(けど結局はある程度若くて、その中でも身分が一番高い人を選ぶって小説に書いてたわね~)


 現聖女は侯爵家出身だった。結局は無難な所、文句が出辛い人物を選ぶというのが慣例になっている。


「アリソン! 大丈夫かい!?」

「お姉様……!」


 部屋のノックもそうそうに、両親と弟がアリソンの部屋へと駆け込んできた。全員顔面に『心配』という文字が書かれているんじゃないかと思うくらいわかりやすい。


「大丈夫です。ご心配おかけしました」

「よかった……しばらくぼんやりしていたと聞いたものだから」

「頭をぶつけた衝撃がすごくって」


(前世まで思い出すくらいだし)


 すでに自分自身に治癒魔法をかけ傷跡も綺麗になっていた。ただこの能力の特徴として、自分自身への治癒魔法はひどく体力を消耗するのだ。それで彼女はまだベッドの中にいる。


「……大神殿に行きたくないのなら……聖女になりたくないのならそれでもいいんだよ?」


 父クリフがアリソンを安心させようと微笑みかけた。


「神殿にはこれまで通りの選定方法で聖女を選んでもらうよう言ってみよう。昨年はクリーブ侯爵令嬢が神殿を出られたはずだ」


 最近、アリソンは自分が聖女としての務めを果たせるか不安に思っていたことを知っているのだ。その気持ちを払拭しようといつもは決してしない、令嬢にあるまじき(走りまわる)行為をおこなったせいで怪我をしてしまったこともわかっていた。


「預言のことなんて気にしなくっていいのですよ」


 母クロエも同じ気持ちだ。


「そうです! お姉様に文句を言う人がいたら僕が退治してやります!」


 えいえい! と、弟ジルは剣を振るう真似をした。


(ああ。この人たちは守らなきゃ)


 アリソンはこの家族のことが好きだった。お人好しで穏やかな両親と、天真爛漫で楽しいことが大好きな弟。


(そりゃ~この人達が不幸な目にあえば復讐もしたくなるってもんよね~)


 そう小説の中に書かれていた自分を想ったのだった。


「失礼します」


 今度はノックの後で入って来た。肩で息をしている。急いでやって来たのだろう。彼は黒髪に青い瞳の、背がすらりと高い青年。名前をギルバートという。見た目も凛々しいが、腕っぷしが強く、アリソンが外出する際は必ず護衛を務めている。出会ったときからずっとアリソンのことを大切に思っている。そういう()()のキャラクターだ。

 そんな原作の内容を思い出し、アリソンは少々照れるような気持ちになってしまう。


「お休みのところ申し訳ございません。屋敷の者を代表してご様子をうかがいに」

「心配させてごめんなさいね」


 アリソンは使用人からも愛されていた。というより、この一家は使用人を大切にするので、当たり前のように使用人達からも大切に思われているのだ。

 原作で一家が国外追放になった時も、彼らが出来る限り無事に、安全に国外へ出れるよう。そして元主人達が苦労しないよう金品をかき集めて手渡していた。それも全てデボラの手の者に奪われてしまうのだが。


「もう大丈夫って皆に伝えてくださいね」


 ギルバートはアリソンの顔を見て安心したような顔をした後、深く頭を下げて部屋の外へと出てった。


(あの人も守らなきゃ)


 一途な彼はアリソンの剣となり、あらゆる暴力を以て復讐を手伝った。小説のアリソンは彼の恋心を利用したのだ。最期の心中は復讐を手伝ってくれた彼へのお礼なのかもしれない。


(って、死んでたまるか!)


 前世の記憶を得た今、もちろんアリソンはそんな未来を歩む気はない。


(やばいやばいやばいやばい! どうにかしなきゃ~~~!)


 本当に危なかった。ギリギリでこの記憶を引き出せたのは大きい。


(これ、もし小説のこと思い出せないままだったら小説通りの人生送ってたのかな?)


 そう考えるとゾッと鳥肌が立つ。


 物語はアリソンが18歳の誕生日を迎えて少ししてから始まる。


(あと1か月ってとこね)


 その間に今後どうするか決めて動き出さなければ。


「よっしゃ! やるぞ!!!」


 復讐のない未来の為にアリソンは1人気合を入れたのだった。

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