75話
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでしたの」
泣き止んだ後、恥ずかしそうな表情で嵯峨根さんが言った。
「あの~何故拙は呼ばれたのでしょうか?」
太刀川さんは嵯峨根さんの言葉の後に気まずそうに言った。
「太刀川さんにも聞いて欲しい話があったからです。ただその前に一つ聞きたい事ができたんです。嵯峨根さんが僕の男性警護者を辞めたいと言っているのですが、太刀川さんはどう思いますか?忖度無く率直な意見を聞かせて下さい」
俺がそう言うと嵯峨根さんは一瞬体をブルっと震わせ、太刀川さんは一瞬顔を顰めた。
「春人さんは嵯峨根さんが辞める事をどう思っているのですか?」
「その問いには答えられません。忖度無く率直な意見を聞かせて下さいと僕は言いましたよ」
俺が答えてしまうと太刀川さんは自分の思いと違っても俺の答えを支持するだろう。だから答えられない。
「……拙は嵯峨根さんが本心から辞めたいと言ったとは思えません。拙は嵯峨根さんが辞めるのを止めるべきだと思います」
ほぉ~これは……
「なるほど……ですが、良いのですか?嵯峨根さんに対して思う所は無いのですか?忖度無く率直な意見を聞かせて下さいと言うのはそういう意味でもあります。僕は嵯峨根さんに対して過ちを犯してしまいました。ですが、同じ過ちを二度するつもりはありません。どうか、本心を聞かせて下さい」
俺が嵯峨根さんが辞めるのを止めるのを太刀川さんはどう思うか?やはり良い気はしないだろう。それが分かってるのにその気持ちを無視すれば今度は太刀川さんが嵯峨根さんのようになる可能性がある。だから、太刀川さんの本心を知りたいと思ったのだ。
「では仮に、仮にですが――拙が嵯峨根さんが辞めたいと言っているのだから止めるべきではないと言ったら春人さんは嵯峨根さんを慰留しないのですか?」
太刀川さんの言葉に嵯峨根さんは顔を伏せた。
「しません。それが太刀川さんの本心だと言うのなら……」
「それはズルいですよ」
太刀川さんは俺をキッと睨んで言う。
「ズルいですか……ですが、仮に僕が嵯峨根さんを辞めさせるつもりが無いと言ったとして、太刀川さんはすんなりその答えを受け入れられますか?感情があるのですから難しいと思いますよ。違いますか?」
「……」
頬をむぅと膨らませて不満だと言葉ではなく態度で示そうとしているのだろうが……ただただ可愛いだけだ。
「はぁ~分かりました。拙の負けです。拙は嵯峨根さんに辞めて欲しいとまでは思っていません。しかし、何らかのペナルティーは課すべきだと思います」
ふむふむ。恐らく本心だろう。しかしペナルティーか……
「太刀川さんはどのようなペナルティーが妥当だと考えていますか?」
正直俺は思い付かないし、太刀川さんに決めて貰った方が良いだろう。
「意味があるペナルティーでなければならないと言った事位しか……例えば罰金等は意味が無いと思います」
なるほどな。だけど、あんまり酷いのだと嵯峨根さんの恨みを買うだけだし難しいな。対外的に嵯峨根さんより太刀川さんを優遇していると思わせられれば太刀川さんも納得できるだろう。
「呼び方を変えると言うのはどうでしょうか?」
「呼び方ですか?」
太刀川さんの頭の上に?マークが浮かんでいるのが分かる。
「はい。僕は今、太刀川さんと呼んでいますが、これからは愛莉さんと呼びます。同じ男性警護者なのに片方は名前で、片方は苗字呼びとなれば周りはどう思うでしょうか?それに、遺恨どうこうと言われる心配もこれならありません。嵯峨根さんの呼び方は変わってませんから。あくまでも呼び方を変えたのは愛莉さんだけですから」
「ほぁ!?」
愛莉さんが素っ頓狂な声を出す。
「私へのペナルティーと太刀川さんへの報奨を上手く使いこなしていて、尚且つ隙が無い――実に見事ですの。脱帽ですわ」
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