閑話 余波
「ご当主様!一大事でございます!!」
「騒々しいですよ。私達は選ばれた上流階級の人間なのです。みだりにそのような姿を見せるものではありません。上流階級の人間らしく優雅になさい」
私は上流階級の中でも名門中の名門である蝶我院家の当主をしております蝶我院雅代と申します。
「も、申し訳ございません。しかし、大事な報告があるのです」
「大事な報告?良いでしょう。聞きましょう」
「はっ。数日前の事にございますが、嵯峨根家、京條家の両当主が引退されました。現当主は両家とも娘がしているそうにございます」
「何ですって!?」
おっと、いけないわ。優雅になさいと言っておいて私がこのような姿を見せるのは滑稽と言うもの。
「コホン、貴方に優雅になさいと言っておいて取り乱して悪かったわ。それで、何故両家の当主は急に引退なんてしたのかしら?体が弱いと言う話は聞いた事が無かったから…急病?」
両家の当主が急病で引退なんて信じられないが、表向きはそう発表をしているかもしれないので尋ねる。
「はっ。それが、とある少年に婚約話を持ち掛けたそうなのですが、追い詰め過ぎた様で他国に亡命すると言う話が持ち上がったそうです。それに危機感を覚えた両家は少年に謝罪をし責任を取る意味で両家の当主は引退したそうです」
「はぁ~!?」
思わずはしたない声を上げてしまったが、それも無理はない。
「男が亡命するなんて言ってその戯言に危機感を覚えたってどういう事よ?」
そんな戯言を信じて両家の当主が引退したなんて噓としか思えない。確実に何か裏がある。
「両家の当主は馬鹿じゃないわ。だとすれば、噓を吐くだけの理由がある筈よ。調べて頂戴」
私は直ぐに隠している何かを調べろと指示を出す。
「お待ち下さい。私も何かおかしいと思って調べたのですが、発表された事は事実でした。少年に謝罪する為の場をキングローヤルホテルで設けて一族総出での中々に盛大な会だったそうにございます。出席していた者から裏は取れています」
すでに調べていたのね……だけど、腑に落ちない事がある。
「そう、もう調べていたのね。ありがとう。だけど、一つ気になる事があるわ。両家の当主は何を持ってその少年が他国に亡命すると言った事に危機感を感じたのか――よ」
普通に考えれば亡命なんてする訳がない。出来る訳が無い。上流階級からの婚約話を断わる為の脅しだ。なのに、どちらかの家だけでなく両家が亡命をするかもしれないと危機感を感じるなんて馬鹿げている。尋常じゃない。恐らくその少年は普通ではないのだ。
「先程言った事は撤回するわ。その件の少年について調べなさい。私と考え方や価値観が違うとは言え、腐っても上流階級の家の当主なのよ?なのに、男とは言えたかが少年一人に謝罪をして当主を引退するなんてどう考えても異常だわ」
そうよ…どう考えたっておかしい。いや、その前にそもそも上流階級の家の当主が戦わずに降伏とも言える謝罪をするだろうか?それは無いと言える。
それなら――
「負けた?」
男とは言え只の少年に?あり得ないと思ったからこそ、かすれそうな小声だった。
いや、そもそもあり得ない事が起こっているのだ。あり得ないと言い切るのは……
「欲しいわね」
「ご当主様?」
小声で言った事なので聞こえず何と言ったのか確認したいのだろう。
「いいえ、先も言った様に取り敢えずその少年について調べなさい。そして、もし私の予想通りなら蝶我院に欲しいわ。咲彩の相手にでもと――ね」
恐らくこの少年を巡って、上流階級での争奪戦が起こる筈よ。出来ればそれを制したいし、最悪でも蝶我院と関係が良い所の家に貰われるなら安心できるのだけどね……
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