閑話 元当主二人
私は嵯峨根和香です。女性に年齢を聞くのはナンセンスです。この度、愚娘の所為で当主を引退する羽目になりました。
いえ、原因はそうだとしてもあの少年が予想よりも出来る少年だったからと言うのが正しいのでしょう。
「和香さん、先ずはお疲れさまでした」
「桃香さんもお疲れ様でした」
以前はお互いに当主と言っていましたが、私も彼女も当主を引退したので名前で呼び合う事になった。
「和香さん、私はあの少年は憤っていると思っていたのですが、帰る時に来た挨拶ではそのような事はありませんでした。どう見ますか?」
桃香さんも気になっていたのね……
「アレは私も想定外でした。あの当主引退の宣言に憤り暴力や暴言を吐く場面を見せて一旦会を終了して後日あの少年から良い条件を引き出す予定だったのがご破算になってしまいました」
自ら勝ち取ったあの追加の譲歩を無にされ必ず憤り何かしらのアクションを起こすと思っていたのに当てが外れてしまった。
「和香さんにも読めていませんでしたか……私たちは当主の引退し損なんて考えて思い留まったのでしょうか?」
なるほど…その可能性はあり得る。
「桃香さんの予想は当たっていると思います。あの少年が憤らなかった訳ではないでしょう。あの追加の譲歩を無効にする為に私たちが当主を引退したと考えて、怒りより驚きが勝ったという事でしょう」
「納得できる見解です」
そもそも当主引退は既定路線だった。他の家に今回の件をネチネチ言われるのが予想できるだけに責任を取って当主を引退して禊は済んだと言う予定だったのだ。あの少年からの譲歩はその引退を上手く利用したに過ぎない。
「和香さんはあの少年をどう見ましたか?」
あら珍しい。前置きもそこそこに本題を切り出すなんて……
「そうですね……男として見るなら悪くない逸材だと言えるでしょう。しかし、アレ位の駆け引きをする人物は女にはいくらでもいますから何とも評価に困ると言うところでしょうか……」
半分は本音で半分は噓である。
「なるほど……では、我がではありませんね――京條家があの少年を頂いても宜しいですか?」
まさかいきなりそう来るとは思いませんでした。
「それは流石に……確かに女にはいくらでもいるとは言いましたが、男としてキチンと逸材だと評価しています。簡単に『はい良いですよ』と渡す訳にはいきませんね」
そもそも、あの愚娘が先に唾を付けたのだ。後から出てきた京條家が横取りするのは見過ごす訳にはいかない。
「和香さんの立場ならそう言うのは理解しています。ですが、私の立場も理解して欲しいのです。京條家の立場もと言うべきでしょうか?」
痛い所を突いてくる。京條家はあの愚娘の所為で巻き込まれた被害者であると言う一面もある。それを利用してあの少年から手を引けと言ってくるのは予想できた事だ。
「確かに愚娘の所為で京條家が謝罪する事になったのは事実でしょう。しかし、元はと言えばそちらのご息女があの少年を誘ったからとも言えます。その点についてはどうお考えですか?」
「誘ったのは事実です。しかし、我が家に来ると言ったのはあの少年自身です。娘が強引に誘った訳ではありません」
その返しも予想できている。
「ですが、京條家でと言うのは言っていなかった様ですね?それは騙し討ちなのではありませんか?実際あの少年も京條家で行われると知って困っていたようですし……だから、ウチの愚娘は余計に焦ってこうなってしまった」
あの愚娘がそう言っていたからこれは間違いない。そして、どうやらあの少年は上流階級を警戒しているようだ。あそこまで目立っていたのに何を言っているのかと思ったが事実らしい。
「むぅ、それは……」
流石に返す言葉が無い様だ。騙し討ちを狙っていた訳で無くてもあの少年が困っていたと言う事実と合わせればそう疑われても仕方が無いのだ。
「桃香さん、こちらに非が有る事は重々承知です。しかし、そちらに非が無いという訳ではない事もまた事実でしょう。そして、追加の譲歩こそ無効に出来ましたけど、強引な手法で婚姻を迫らないと言う方は生きています」
私はここで意図的に言葉を切る。
「和香さんには何か考えがあるのですね?」
桃香さんは私の意味深な間に何かを感じたのか考えがあるのかと尋ねた。
「えぇ、今回の件は直ぐに他の上流階級の家に広まるでしょう。つまり、必ずあの少年の争奪戦が起こります。そうなった時、あの条件は私達に不利に働きます。なので、嵯峨根家と京條家は協力はせずとも互いの足を引っ張るような事はしない――と言う所で手を打ちませんか?」
私は最終的な落し所を提案する。
「ふむ……悪くありません。ですが、私はもう当主を引退した身――新しい当主を立てなくてはいけません。数日時間を頂けますか?これが新当主の最初の仕事になるでしょう」
なるほど…桃香さんはやはり侮れない。新しい当主の為にここまでお膳立てしたのだろう。
「勿論です。私も桃香さんと同じく当主を引退した身です。新当主に京條家の前当主とこういう話をした言う形で提案させて貰います」
お互いに次代がまだ育っていないのに突然の当主交代だ。こういった形で新当主を支えて育てるしかない。内心では桃香さんも頭を抱えているだろう。あの愚娘には本当に困ったものだ。私も内心で溜め息を吐いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。お手数をお掛けしますが、宜しければ拙作への評価やブックマークよろしくお願い致します。