67話
「コホン、先程は御見苦しい姿を見せて大変失礼しましたわ」
立ち直ったのか嵯峨根さんは俺と太刀川さんにペコリと頭を下げながら言う。
「いえ、気にしていませんから」
俺はそう言ったのだが――
「お言葉ですが、私は見苦しい姿を見せた事に対しての謝罪をしたんですの。私が言った事は間違っていませんし、謝罪する気はありませんの」
ふむ?これは困ったな。
「え~と……嵯峨根さん、説明をお願いします」
「私が言った事――京條家は春人さんを取り込もうとすると言う事ですわ。春人さんは軽く挨拶するだけと思っているかもしれませんが、その時に確実に聞かれますの。春人さんに婚姻相手や婚約者がいるのかと言う事と私との関係を……」
嵯峨根さんがそんな事を言う。
「なるほど…つまり、そういう質問をされた時に嵯峨根さんと婚約していると言わないと京條家に狙われるというか京條さんとの婚姻を薦められると言う事ですか?」
「その通りですが微妙に違いますの。私と婚約していると言えばその場での追及を避ける事が出来るというだけの事ですわ。それにあくまで婚約ですから当然破棄と言う事もあり得るだけに春人さんが狙われなくなるという事はありませんの」
「あの~婚約をしたら必ず婚姻しないといけないんじゃないんですか?」
前世ではそんな事はなかったが、この世界だと男女比が偏っているからそうなるんじゃないかと思っていただけに破棄という言葉が出てきて驚いた。
「いいえ、そんな事はありませんの。よくあるとまでは言いませんが、ままある事ですわ」
へぇー意外だった。だけど、気になる事がある。
「そうなんですね……ですが、婚約破棄となった場合の女性の名誉に傷がつくのではありませんか?」
婚約破棄した若しくはされた女性って事で色々言われたりとかレッテル張られたりするんじゃないだろうか?
「それはハッキリないと言えますわ。基本的に相手の男性の我が儘や心変わりが原因の婚約破棄と言えるので運が悪かったと言う様な扱いですの。逆に女性側からの婚約破棄は相当な事ですから寧ろ同情されますわ」
これまた意外だった。
「分かりました。であっても嵯峨根さんと婚約はしません。嵯峨根さんは初めて母さんと顔合わせをした時のやり取りを覚えていませんか?俺は真摯に対応をすると言いました。噓の婚約をする事は真摯な対応とは言えないでしょう?」
「はぁ~春人さんは頑固ですわね……分かりましたわ。ですけど、京條家から嵯峨根家に連絡がいくという事も覚えてますの?嵯峨根家としても後から出てきた京條家に春人さんを搔っ攫われるのは面白くないのですわ。その事についてはどう考えますの?」
あ~確かにそれはあるな。クソ!あ~もう面倒くせぇな!!
「マジで亡命もありか?」
「っっ!?春人さん!?拙は今亡命という言葉を確かに聞きました!!本気なのですか!?」
俺としては小声でボソッと声が漏れた位のつもりだったが、太刀川さんにはバッチリ聞こえていた様だ。
「あっ!?いえ、面倒くさい事になったから思わず口に出してしまっただけです。本気ではありませんよ」
今はまだ…な……
「そ、それはマズいのですわ!?私から家に伝えて京條家にも話を通しますわ!!どうか早まる様な真似は止めて下さいませ」
嵯峨根さんはかなり焦っているのかそんな事を言う。
「えっ!?良いんですか?それならお願いします。でも、大袈裟ですよ。本気で亡命なんてする訳無いじゃないですか?」
それなら最初からそうしとけよ!!と思った俺を誰も責められない筈だ。
「春人さんは思わず口に出したと言いましたわ。つまり、亡命の事を考えていてつい口に出してしまったって事ではありませんの?」
嵯峨根さんが蒼褪めた顔をしながら言う。
最近の俺はホント迂闊だな。気を引き締め直さないとな。
「いやいや、亡命なんて簡単に出来る事ではありませんよね?嵯峨根家や京條家は本気にはしないでしょう。寧ろ嵯峨根さんが上手く丸め込まれたと思われる方が僕としては困るんですよね~」
嵯峨根さんがたかが15の男子高校生に上手く丸められる女として評価が下がる事や俺が女たらしと思われるのが困る訳ではない。
上流階級の人間である嵯峨根幸那と言う人物を上手く丸め込めるだけの能力がある男と思われ危険視されるのが困る訳だ。
「ですから、あくまで僕の暴走です。まだ15の僕が婚姻だ何だと騒がれて嫌気が差して亡命という言葉がつい出たんです。本当ですよ。キチンと正確に伝えて下さいね?」
今回は正直言って嵯峨根幸那と言う人物に失望したと言わざるを得ない。男性警護者としての嵯峨根幸那にではない。
ただなぁ…嵯峨根さんの気持ちも分からないでは無いんだよ。前世でモテたいって思ってた俺だからこそ分かる。しかも、前世の様に婚活してみて相手が微妙だからとか釣り合わないからもう独り身で良い何て言うのとは訳が違う。この世界では男女比が偏っているのだから、そもそも相手を吟味する所までいくのですら難しいのだ。チャンスが巡ってくるのが難しいならそのチャンスを逃がさないようにするのは当然だ。
相手の立場になって考えるのは大事な事だ。そうは言っても男の俺としてはかなり迷惑だ。モテたいとは思っているが、何か違うんだよ。ちゃんと市原春人と言う男を――人間を見ているのか?と思ってしまうのだ。
こう~あれなんだよなぁ……長所だけしか見てないと言うか短所の部分を見てないと言うか……
あ~もうホント面倒臭い世界だよ。何でこんな世界に転生させたんだよ。そりゃあモテたいって言ったけどさぁ……
結局いつもこの結論になるんだよ。
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