61話
あの加藤という男性警護者に講評をと言ったのは番場さんだ。
つまり、辛い講評を言う事は十分想定出来た訳だ。そこから俺の辞めるべきかという所まで想定出来たとは言わないまでも、何らかのトラブルになる事は十分想定出来たとは思う。
なら、番場さんが意図して起こした事だったのだろうか?と尋ねたくなるのは当然だろう。
本音で話せと言ったのはこれを聞きたいから言った事でもある。
「なるほど……そう思われるのは仕方が無い事かもしれません。しかし、それなら先程市原さんが私に言った事と矛盾します。まぁ、それは私自身が否定してしまいましたが……ですが、何故私がそんな事をしたと言うのですか?何か根拠となる様な事があるのですか?」
少しも動揺していない。これはどっちなんだ?
「根拠となるような事ですか……あくまでこれは推測ですが、アイデアを出した僕が不定期に活動するのが困るからと言った所ですかね。だけど、そちら側からアイデアを出した僕に辞めて欲しいとは口が裂けても言えないでしょう。だから、僕が自分から辞めると言う方向に持っていこうとした。違いますか?」
俺ではなく他の男に金を支払って定期的に男性の警護対象者役をやって貰った方が金になる筈だ。それに、俺は一般的な男性とは言えないだろう。だから、訓練になるかと言われると微妙な所だ。
「ふむ……中々よく考えられています。しかし、市原さん自身が先程仰ったように推測に過ぎません。何か証拠となるものはありますか?何も無ければ私に対する名誉毀損となりますよ?」
「最初に僕はあくまで推測ですがと言いましたよ?つまり、証拠となる様な根拠はありませんけどどうなんですか?と尋ねた訳です。それなのに証拠が無いのは名誉棄損だと言うのは些か支離滅裂と言いますか、会話になっていません」
苦しいなと自分でも思うが、最初に俺があくまで推測だと言ったのは事実だからな。ここでお互いに鞘を収めようと言っている訳だ。
「そうきますか……良いでしょう。脱線してしまった話を元に戻しましょう。市原さんはご自分で提案した男性警護者役を続けられますか?それとも辞めますか?」
「保留と言うか現状維持ですね。今度は夏休みの様な長期休みの際に気が向けばと言った所ですね。こちらの都合に合わせると言って下さったのでお言葉に甘えようと思います」
ふぅ~あの時一応言っておいて良かったぜ。
「そうですか……では、その際はお手数ですが数日前に連絡をお願いします」
今回は完敗だな。だが――
「そうだ……もう一つ推測があったんでした。そちらも聞いて頂けますか?」
「聞くだけは聞きましょう」
「今回の件は僕には全然関係ない事で、実は西田さんの為だったと言う事はありませんか?」
「っっ!?さぁ?どうでしょうか?推測と仰っていたので証拠は何も無いのでしょう?」
一瞬反応したな。こっちだったのか……それなら、俺が言った事は全部勘違いで名誉棄損云々言うわな……
「はい。何もありません。ただ、西田さんと話した事を思い出したのでそんな風に思っただけです。それと――今回はあの加藤と言う男性警護者の独断と言うか言葉がきつかっただけなのかもしれませんが、今後は人選を慎重に行うよう再発防止に努めて頂けますか?」
俺としてはこれだけは言っておかないといけないだろう。何かするなら事前に俺に言っておけと思うのだが、そうしないのだから落し所としてこう言うしかない。
「それは仰る通りですね。肝に銘じます」
何とか一矢報いて負けに近い痛み分けに持ち込む事が出来た。
所詮俺なんて前世の乏しい社会経験と男性優位のこの世界の恩恵のお陰で番場さんとやりあえているだけに過ぎない。こっちの方こそそれを肝に銘じておかないといけないな。
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