30話
夕食が終わったので俺は話を切り出した。
「母さん、今日実際に警護をして貰って俺は嵯峨根さんと太刀川さんに俺の男性警護者になって貰う事を前向きに検討してる。母さんはどう思う?」
俺のこの発言に嵯峨根さんと太刀川さんは目の色を変えた。
「春ちゃんが決めた事なら私は何も口出ししないわよ」
「口出しして貰わないと困るんだ。この二人は住み込みって条件で格安で雇う事が出来るんだから」
一緒に暮らす事になるんだから蟠りは解消しておきたい。
「そう言う事ねぇ……春ちゃんはあの時の事を私がまだ根に持ってるって思ってるのかもしれないけどそんな事はないのよ」
う~ん……嘘かホントかは分からないな。
「それもあるけどそうだなぁ……例えば二人が住む訳だから家が手狭になるから引っ越しした方が良いとかさ?」
「二人増えてもそこまで狭くは無いわよね?空いてる部屋もあるからそこを使って貰えば良いんじゃないかしら?」
「なるほど……ってなカンジのやり取りと言うかね?」
ニュアンスでも伝わればと思って言ったのだ。
「はぁ~なんか私が意地悪してるみたいじゃない」
「あ~うん……何かこう思う所がある姑みたいなカンジはした」
「「姑!?」」
嵯峨根さんと太刀川さんが大袈裟に反応する。
「あら?ホント?それはごめんなさい。私はただ、あの日しか会わないなんて言ってた人達が本当に春ちゃんの警護をキチンとしてくれるのかしら?ってそれだけなのよ。今はもう気にしてないわ。春ちゃんが前向きに検討したいって言ってるから」
やっぱりその事が引っ掛かってたんだな。あと、太刀川さんは嵯峨根さんを複雑そうな顔で見ない様に事情は分かってるから。とは言え、嵯峨根さんに便乗したのは事実だからこその顔だろうけど……
「私が春人さんに要求を出した張本人ですわ。太刀川さんは私に巻き込まれた形ですの。大変失礼な事をしてしまいましたわ。申し訳ありませんでした」
「せ、拙も嵯峨根さんに便乗してご母堂に不愉快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
嵯峨根さんも太刀川さんも母さんに謝罪する。
「二人の謝罪を受け入れます。これで良い春ちゃん?」
「母さんが本当に二人に対して思う所が無いならね」
「それは無理ね。だって二人は春ちゃんの婚姻相手になるかもしれないでしょう?母親としてそれは難しいわ」
「婚姻相手?」
なるかもしれないとは言っているが、とんでもない言葉が飛び出しだぞ。
「だって一緒に住むんでしょう?だから二人は住み込みを条件にしてると思ったんだけど?」
チンプンカンプンだったので説明をして貰うと要は同棲みたいなカンジらしい。
「う~ん…何となく理解は出来たよ。でも、母さんがいるじゃん。俺と二人で暮らすとかなら特別な意味があると思われても仕方が無いけど、男性警護者が警護対象者の家に住み込みしただけで婚姻相手の候補になるの?」
俺が引っ掛かったのはその点だ。と言うか、上流階級とか金持ちの男なら男性警護者に二十四時間警護してもらう為に住み込みとかあり得るんじゃないか?
「はぁ~春ちゃんは分かって無いわね。最初はそういう口実でも一緒に住み始めたら特別な意味に変わるなんて事もあるかもしれないじゃない?」
「あ~う~ん…そうかなぁ?でも何て言うか迂遠過ぎない?それに、他の人ならともかく嵯峨根さんは男に言い寄られて困ってる訳だし、太刀川さんは警護対象者に怖がられてる訳でしょ?そういう意図は無いんじゃない?」
と言うか、さっきから嵯峨根さんと太刀川さんが居た堪れなくて空気になろうとしてるんだよ。察してあげて?
「それじゃあ本人たちに聞いてみれば良いでしょ?それで、どうなの?」
母さん最強か!?この雰囲気で直に聞いたぞ!?
「わ、私はそんなつもりはありませんでしたわ。面倒な警護対象者を警護しないで済む方便に利用していただけですわ」
あ~俺も嵯峨根さんはそうだと思う。
「え~本当に?だったら住み込みなんて条件じゃなくて他の条件でも良かったんじゃない?素敵な男性の男性警護者になれて、しかも住み込みを条件にして一緒に住んで関係を進める事が出来たら……なんて事を一切、微塵も思わなかったと言える?」
「……」
羞恥からか嵯峨根さんの顔が真っ赤に染まった。
マジか……嵯峨根さんって男に言い寄られて困ってるのにそんな事考えてたのかぁ。この世界で正しい表現なのかは分からないけど意外と乙女だよな。
「やっぱりねぇ~太刀川さんは?」
母さん楽しそうだな。
「せ、拙は……ずっと警護対象者に恐れられてきました。最初は男性警護者として警護対象者を守れればそれで良いと思っていましたが、あの件以降は警護をする事自体無くなりました。なので、一縷の望みで住み込みを条件にして拙を怖がらない男性がいるのならと……そして、その方は見つかりました。なので、拙はその方と一緒にいたいです。そして、出来るならその先の関係なれたら良いなと思っています」
流石に太刀川さんも恥ずかしいのか顔を下にして話した。
太刀川さんに関しては男性側と言うか警護対象者側がどう考えても悪いんだよなぁ。怖がるとか恐れるって言うけどさぁ、そもそも男性警護者の方が警護対象者より物理的に強いのは当然だろ?自分で自分の身を守れるなら警護とかして貰う必要無いんだしさぁ……
それに太刀川さんの気持ちは前世モテなくてモテたいとずっと思ってた俺には共感しかない。自分を見て欲しい。認めて欲しい。誰かの特別になりたい。そんな欲求は人なら誰しも持つものだろうと思うし、負の感情を向けられるのはそれだけでしんどいんだよ。
「分かった?春ちゃん、単に男性警護者としてこの二人を雇いたいって言うのはもう認められないわよ。二人の想いを知ったんだからね」
母さんのこの発言に嵯峨根さんも太刀川さんも目をキラキラして母さんを見ている。
「そうだね……まぁ、一緒に住んでどうなるかは俺と二人次第だけど、真摯に対応はする。約束する。だけど、警護対象者と男性警護者との関係とはまた別でしょ?だからぶっちゃけ聞くけど、男性警護者と警護対象者の恋愛と言うか婚姻って認められるの?」
前世の話だが、臨床心理士はクライエントとその関係者に対して私的関係、多重関係になってはならないって言うのがある。例えば友人関係とか恋愛関係になる事は禁止されている。理由としては臨床心理士がクライエントや関係者を客観的に見る事が出来なくなるからとか、転移と言う現象が起きて異性のクライエントが臨床心理士に対して恋愛感情によく似た――けど、全く別物の感情を抱くからとかがある。そこに漬け込むなという事だ。だから、男性警護者と警護対象者にも似たような規定と言うか禁止事項があるんじゃないか?と思ったのだ。
「男性警護者と警護対象者が婚姻関係になる事は珍しい事ではありませんし、禁止されている事ではありませんわ。勿論、無理やり関係を迫る事は禁止されていますわ」
「男性警護者と警護対象者の婚姻は他の職業の女性と比べると男性との婚姻数が多いので、狭き門の男性警護者ですが未だに根強い人気があるのです」
「分かりました。俺は常識に疎い所があるから住み込みで男性警護者を雇うという事の意味を理解しろって事を母さんは言いたかったんだね?」
「その通りよ。それに、母親として思う所があるのは事実だけど、同時に同じ女として思う所があるのもまた事実なのよ。厄介なんだけどね……」
苦笑してそんな事を言う母さんに嵯峨根さんと太刀川さんはまたキラキラした目で母さんを見ていた。
母さんが無理やり言わせたようなものだが、二人の思いを知ったようなものだから、ラノベの鈍感系主人公みたいに関係を曖昧にするんじゃなくてキチンと受け入れるなら受け入れる、断るなら断るって事を現段階でしろとまでは言わないまでも意識はしろって所かな。
この世界では『一人なんて選べないんだ皆が大事なんだ。だけど誰か一人を選ばないといけない。だから、時間が欲しいんだ』的な事を言ったら、誰か一人を選ぶんじゃなくて全員と結婚すれば良いで終わるんだよなぁ……
前世の倫理観的に一夫多妻はこう~中々簡単には受け入れられそうにない。やはり受け入れるまでに時間が掛かりそうだ。
凄い今更なんだけどさ……モテたらモテたで大変なんだな。あれだけモテたいと思ってたのに嵯峨根さんはまだ分からないが、太刀川さんにあそこまで言われると腰が引けると言うか戸惑うと言うかね……
この世界の俺は顔立ちが整っているし他の男と違って女性に対して忌避感とか恐怖感とか無いからモテるってのは理屈では分かるんだけど、前世のモテなかった俺の意識があるから自分がモテるという事に対して懐疑的だ。
面倒臭い男でゴメンね。でも、それが今の市原春人なんだ。まだ、この世界に慣れていない。だから、時間が解決すると問題を後回しにするんじゃなくて積極的に自分が変わる――変わっていくって言う意識が必要だな。
最後まで読んでいただきありがとうございました。お手数をお掛けしますが、宜しければ拙作への評価やブックマークよろしくお願い致します。