3話
取り敢えず俺自身と母さん(仮)が落ち着いてから先生との話になった。
母さん(仮)って凄い表現だが、何せ起きたばかりでいきなり現れた自分と同世代位の綺麗な女性を母さんと思えるかと言われると……
「改めまして私が春人君の担当をしている医師の高田エリザベスです」
先生は自分の首にぶら下げていた名札――ネックストラップを俺に見せた。
俺は一瞬だけ驚いたが、声を出す程では無かった。
寧ろ日本でその名前は苦労したんじゃないか?と自分も名前で苦労しただけに親近感が湧いたのだ。
ちなみに母さん(仮)は黒髪だ。ついでに言うと俺も黒髪だ。
あっ!?読みはたかたなのね。平仮名でルビを振ってるな。高田だけだとたかたなのかたかだなのかぱっと見じゃあ分からんよな。
「後程詳しい検査を行いますが、春人君自身に今分かる体に異常はないかしら?」
「いえ特には……」
「そう……それでは頭の方はどうかしら?」
「っっ!?」
もしかしてこの人気付いているのか!?
俺は顔が青くなった。
「先生、それはどう言う……」
母さん(仮)は戸惑った様な表情をしながら言う。
「市原さん、春人君は市原さんが抱き着いても何も反応をしませんでした。そして、市原さん自身が仰っていました。『お母さんと呼んでくれた』と……そして、春人君は『もしかして、お母さん?』と言いました」
あっ!?ヤベェ!?前二つは不可抗力だけど、最後のは完璧に俺のミスだな。
「春人君、貴方は記憶喪失ではないかしら?」
ふぅ~いや、そうだよな。いくら反応がおかしいからって俺がこの世界の市原春人では無くて別の世界から転生した?憑依した?市原春人なんて想像できる筈が無いか。
それよりは記憶喪失の方が現実的で当たり前だよな。
「先生にはお分かりでしたか……」
「春ちゃん?」
母さん(仮)がまさかと言う驚愕の表情をする。
「ゴメン。俺には母さんの記憶が……正確に言うとさっき目を覚ます前の記憶が無いんだ。エピソード記憶って言うのかな?トイレとか食事とかは出来ると思うけど、母さんの事は誰なんだろうなこの綺麗な女性は?って思ったけど、俺を心配していた様子から推測したんだ。だから、母さんと過ごした時間の記憶は……無いんだ」
俺は残酷な事実を淡々と告げた。
「春ちゃん……お母さんの事――綺麗な女性だと思ってくれたのね!!」
「えぇ……」
流石にその反応は予想できなかったな。泣いて本当に覚えてないの?とか、先生、春ちゃんの記憶は戻らないんですか?とか言われると思った。
「い、市原さん、春人君は貴方の事を覚えていないと……」
困惑したような頭が痛いと言う様な微妙な表情で先生が母さん(仮)に言う。
「先生、私は……春ちゃんの最悪を覚悟していました」
「「っっ!?」」
俺と先生の驚きが重なる。
確かに……ややこしいが、この体の前の持ち主の俺がどんな理由で病院に運ばれたかは分からないが、ちょっと体が悪いので検査入院します。なんて事なら母さん(仮)のあの反応はまぁ……あり得ないとは言わないが、あそこまでではないだろうと思う。
「確かに記憶を無くしてしまったのかもしれません。でも、生きています。生きてくれています。幸いにも私の事を母と認識もしてくれています。それなら、失った記憶が戻るかもしれませんし、戻らなくてもこれから私との記憶を――思い出を増やしていけば良いんです。もし、死んでいたらそんな事は絶対に出来ない事です。だから、春ちゃんが生きて目を覚ましてくれただけで私は嬉しいんです」
「母さん……」
気付けば俺は涙を流していた。そして、実感した。この人は俺の母さんだ。
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