116話
月坂さんが現れたので明奈さんとの会話がいったん途切れた。
「え~とですね。明奈さんにも少し話をしたんですが、月坂さんにはお詫びをしないといけない事があるんです」
俺は月坂さんにそう言ったのだが……
「私は月坂さんで、母は明奈さんですか?」
「っっ!?いや、その……」
見た事もない様なものすごく冷たい表情と声でそんな事を言われたのでしどろもどろになってしまった。
配信者になりたいと話をした時でさえここまでじゃなかったぞ。
あれか?娘の前で母親を口説いてると勘違いされたって事か?
「凛音、今はお詫びについて話を聞く所でしょう?それをあなたは……」
おぉ!貴女が私の救世主か!!と声を大にして言いたい気分だ。
「すいませんでした。市原君、お詫びと言うのは?」
「はい。実は昨日の誘拐事件について報道されていない事についてです」
そう、誘拐事件があったにも関わらず新聞やネットニュースなどで報道されていないのだ。
「エマさんからもしかしたらそうなるかもしれないと聞いていましたけど?」
なるほど……一応その情報は聞いていたのか。
「実は午前中にエマさんが家に来て詳しい事情を説明してくれました。月坂さんの誘拐を計画して実行したのは僕と揉めていたグループのリーダー格の男の様ですが、それには裏があった様なんです」
まぁ、昨日月坂さんの誘拐事件があったにも関わらず詳しい事情聴取を警察署でとかされずあっさり解放され、エマさんと家に来ていた事が引っ掛かっていたのだが、まさか事件が起きていなかった――いや何も無かった事にされるとは思わなかった。
「なので、捕まったその男や実行犯は罪には問えないそうです。事件など――いや犯罪行為は起こっていないので……」
「相手を罪に問えない事、それがお詫びなのですか?」
えぇ……冷静に返すね。もっと慌てたりそんな……みたいなカンジで悲しんだりすると思ったんだけどなぁ。
「いえ、そうではありません。言葉にはしませんでしたけど、どうも超法規的措置の様なものが取られるっぽいです」
恐らく誘拐の実行犯の女達は人体実験の素体にされて、計画して指示したリーダー格の男は種馬と言うか何と言うかそういう扱いになるだろう。貴重な男を人体実験に使うとは思えない。
はぁ〜今回の件の対応は全部引っくるめて怖いんだよなぁ……俺の罪をでっちあげられてなんて想像が想像じゃなくなるんじゃないかと言う危惧が増した。
恐らく釘差しと言うか政府を舐めるなよ?調子に乗るなよ?的な意味を込めた俺へのメッセージだと思われる。
「それなら、何故今回の様な措置になったのでしょう?」
そう、それが問題なのよ。
「はい。どうもこのリーダー格の男を唆した人物がいるそうなのですが、それが隣の某国の草の様で……」
日本もアメリカも隣の某国と関係はあまりよろしくないそうだ。前世でもそうだったな。
それはともかく、某国が絡んでいるので刺激しない様にという事らしい。
昔は日本はスパイ天国だったらしいが、男女比が変わり男が貴重になると好き勝手をさせない為に諜報活動を規制する法が制定されたそうだ。
だけど、ずっとスパイ天国だったから他国の諜報員がこの国に根付いて草と呼ばれる厄介な存在になってしまった。そして、今回は某国の指示でその草が動いたそうだ。
「え~と……私を人質にして市原君に言う事を聞かせようとしていた男性を利用して、市原君を隣の国に拉致しようとしたという事ですか?」
月坂さんが困惑した様に言う。うんうん気持ちは分かるぞ。最初は俺と揉めたグループの男の報復かと思っていたら、こんなスケールのでかい話だからな。午前中にその話を聞いて、どこのスパイものの映画だよって思ったもん。
「はい。月坂さんを人質として利用し僕を誘き出して拉致して某国に……と日本政府やアメリカ大使館は考えているみたいです」
「……」
明奈さんは口がポカーンとなっている。
そもそも、捕まった男もその家族とか親族とかも絶対文句を言う筈だ。犯罪行為が起こってないと言う事を逆手に取ってな。
だけど、そいつらの口を封じる手間より某国を刺激する方が問題だと日本もアメリカも判断したんだよなぁ……
それって、かなりヤバい状況だと言える。
「僕と関わってしまったばかりにつきさ――凛音さんが誘拐される事になってしまいました。ご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳御座いませんでした」
俺は言い終えた後、土下座した。
「い、市原君!?頭をあげて下さい!!」
「そ、そうです!エス様は何も悪くありません!!」
月坂さんと明奈さんは俺の土下座に驚いた様で必死になって言う。
最後まで読んでいただきありがとうございました。お手数をお掛けしますが、宜しければ拙作への評価やブックマークよろしくお願い致します。