閑話 記憶喪失の男性入学希望者2
そろそろ15時――春人君から電話がある頃ね。
今日は早朝から大騒動だった。何せ男性の入学希望者からの電話があったからだ。まぁ、それだけじゃなくてその男性の入学希望者が記憶喪失だという事が拍車をかけた事は間違いない。
私の報告は事務長にいき。事務長でも判断は出来ないとなって教頭から校長へといき最終的に理事長にまでいった様だ。
私が確認して15時に電話をと言ってしまったばかりに緊急で理事を集めた会議を開いたそうだ。その件で目茶目茶怒られた。
だけどその結果、春人君を診た病院から診断書を提出して貰い日常生活等を送るのに支障が無さそうであれば入学を認めるというものになった。
この時点で私は春人君の入学が確定したと思った。だって、あんな電話が出来る時点で日常生活を送るのに支障がある筈が無いからだ。
ただ、私は選考無しで入学出来ると言ってしまった。なのに、診断書の結果によってと言う選考の様なものをしなければならなくなった。謝罪しなければならない。
あと、他にも謝罪しなければならない理由があるのだ。
はぁ~早く春人君の声が聞きたいけど、憂鬱でもある。
「きました。私が出ます」
時刻は14時58分、恐らく春人君だろう。
「はい、こちらは開黎高校です」
「午前に貴校の入学希望の件でお電話させて頂いた市原春人と申します。恐れ入りますが渕上様はいらっしゃいますでしょうか?」
「私が渕上日葵です。わざわざお電話頂きありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ渕上様始め開黎高校の教職員の方々にご迷惑とお手数をお掛けしました事、大変申し訳なく思っております」
「とんでもございません。それでですね市原様、早速ではございますがこちらから一点要望があるのですが……」
「要望?」
あぁ~怪訝そうな声…そうなるよね……
「はい。市原様をご不快にさせてしまうかもしれないのですが、私と市原様のお電話のやり取りを録音して記録させて頂きたいと思っているのですが如何でしょうか?」
これは、後々のトラブルを防ぐ為だ。ぶっちゃけ、私が選考無しで入学出来ると言ってしまったからだ。後で知った事だが、春人君は記憶喪失なのでそれを理由に入学を拒否したら絶対にトラブルになる。なので、これは絶対にしろと言われた。
「なるほどですね……そう言う事であればこちらがご迷惑をお掛けしている立場ですので断れませんね。大丈夫です」
良し!!だけど、このカンジだと何でやり取りを録音するのか分かってるよね?この子ホントに今年の入学希望者なの?
「市原様のご理解とご協力大変有難く思います―――それでは、早速ですがご住所の確認は出来ましたでしょうか?」
録音の許可を貰ったと合図をして録音が開始された事を確認してから住所の事について切り出した。
「はい。大丈夫です。確認できました。それで……私の受験資格については如何でしょうか?」
「ご確認ありがとうございます。その件についてなのですが、私から改めて謝罪をさせて頂きたいと思います。この度は私の軽率な判断で市原様にご迷惑をおかけした事、大変申し訳ございませんでした」
私は改めて深々と頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないです!?こちらこそ隠すつもりではなかったのですが、結果的に隠すような形になってしまった事大変申し訳なく思い反省しております」
良かった~春人君には申し訳ない事をしたけど、怒って無くて本当に良かったわ。普通の男性なら電話のやり取りを録音するなんて言ったらじゃあ良いですって言って電話を切られてもおかしくは無い。
「いえいえ……それでですね市原様、市原様を記憶喪失だと診断した病院に診断書を書いて頂いてその診断書を私共で読ませて頂きまして、日常生活に支障が無いと判断できれば入学して頂きたいと言う事なのですが、市原様はどちらの病院かお分かりでしょうか?」
「病院は分かります。ですが、日常生活に支障が無いか?ですか?てっきり学力を見る為に筆記試験を受ける事になると思っていたのですが……」
春人君の戸惑った様な声が聞こえる。
「我が校では男性の入学希望者に学力を求めてはおりません。男性の入学希望者には我が校に入学したいと言う希望があればそれだけで十分だと考えております」
春人君は男子校の受験に失敗した事からやけに学力や偏差値を気にしていた。なので、この事もキチンと報告した。そして、言われた事をそのまま春人君に伝えた。
男性の入学希望者は男子校の試験に落ちて仕方が無く我が校を受験するのだ。それなのに貴重な男性の入学希望者を学力を理由に落としたとなれば、それ以後確実に男性の入学希望者は我が校には現れなくなる。そうなれば、いくら偏差値が高くても共学校とは名ばかりと笑いものになるだけだ。
それだとじゃあ何で診断書を書いて貰うの?ってなるが、ぶっちゃけリスク回避よね。万が一春人君が男子高校生として問題ありそうならそれを理由に入学を拒否する。これは先の言と矛盾するが、流石に幼稚園生とか小学生レベルの男性を受け入れる訳にはいかない。ここは幼稚園や小学校ではなく高校なのだ。
また、春人君に問題が無かったとしても春人君の記憶喪失を問題視する人間が出てくるかもしれない。その為に、入学前に診断書を事前に確認して問題ないと判断したとする為でもある。正直こちらの方が主だろう。というか後で、この録音を聞けばこちらの理由になる事は間違いない。
「学力を求めていない?それなら何で?あぁ……そう言う事か」
「市原様?」
春人君のボソボソした声は聞こえたが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。も、もしかして、学力を求めていないって言うのが春人君の逆鱗に触れたのかしら!?どうしましょう!?
「失礼致しました。では、診断書の提出についてですが、こちらは私が病院に行って担当して下さった先生に診断書を書いて貰った方が良いですよね?診断書を書いて貰うのもお金が掛かる筈ですし……」
ふぅ~良かったわ。怒っていないし納得して貰えたわ。それはそれとして、春人君やっぱりアクティブ過ぎでしょ……
「いいえ、こちらからの提案ですのでこちらで全て致します。市原様のお手を煩わせる事は一切ございません。また、市原様の――男性の診断書ですのでお金は掛からないでしょう」
「あ~男は病院の治療費が掛からないんでしたね……それでは、お手数をお掛け致しますが宜しくお願い致します」
そこから春人君の家の住所と病院名を聞いて電話を終了した。
なお、私と春人君の電話のやり取りの録音を聞いた者全員が春人君に問題がある筈が無い。直ぐに入学に問題は無いと電話すべきだと言った。うん……気持ちは凄く分かる。きっと春人君との楽しい3年間を思い描いたんだろうなぁ~
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