109話
「落ち着いて下さいましは――エスさん」
見かねたのか幸那さんがこちら側に出てきた。春人さんと言いそうになったけど名前を出す訳にはいかないからエスさんと言い直した。
まぁ、千春さんが市原春人って名前出したから今更感はある。それでもその気遣いはありがたい。
「すいません幸那さん、少々我を忘れてしまいお恥ずかしい限りです」
「構いませんわ。それに、あのような怒ったエスさんは初めて見ましたの。とても貴重ですわ。コホン、リスナーの皆様ごきげんよう。配信者エスの男性警護者をしております嵯峨根幸那と申しますの。私の方から八条院玲央の悲劇についてお話致しますわ」
「嵯峨根幸那!!貴様が話したのだな!!その上不特定多数の人間に知らせるだと……貴様は腐っても上流階級の一員であろうが!!何故そのような事をする!!」
幸那さんは上流階級嵯峨根家の人間だ。そんな幸那さんが上流階級の禁忌とされた件を話すのだから同じ上流階級の人間の癖に裏切るのかと感じるのだろう。
「前当主とは言え追放される人間にそのような事を言われるのは甚だ不愉快ですわ。京條家のご当主様、配信者エスさんのお名前を出した事と併せて後程嵯峨根家から正式に抗議致しますわ。覚悟なさって下さいまし」
自分の事だけでなく俺の事も併せて抗議と言った所に幸那さんの上流階級の人間らしい強かな部分が見える。
「それはともかく、八条院玲央の件ですがアレは上流階級に約100年ぶりに生まれた奇跡の男の子だった故に起きた悲劇ですわ。上流階級の家が何家も八条院家に婚姻を申し込んだ。そして、利害関係等で困って追い込まれた八条院家の当主は一夫多妻の制度を利用して全ての家と婚姻関係を結んだ。友好的な家敵対している家関係なく婚姻関係となった為に上流階級は大混乱でした。そして、結局八条院家の当主と八条院玲央は自殺した。追い込まれた人間は何をするのか分からない事を私達は学んだはずですわ」
ここで幸那さんは一息ついた。
「ですが、私は――いえ、私達はエスさんに対して強引な婚姻を――正確には婚約ですが迫って追い詰めた挙句の果てが……亡命発言でしたの。普通の男性なら一笑に付す所ですわ。ですが、エスさんは行動力があり女性に対して忌避感がありませんし、傲慢でもありません。そんな男性であれば亡命先の国は諸手を挙げて歓迎するでしょうし亡命が成功するように全力を尽くすでしょう」
幸那さんが結論にもっていく為、一旦言葉を止めた。
「つまり、エスさんの資質と亡命先の国の尽力ーーこの二つの要素によって、エスさんの亡命はほぼ成功すると言えるのですわ。そのような事になれば日本と言う国の損失ですの。その責任は嵯峨根家と京條家だけに留まると思いますの?最悪、上流階級全てに波及しますわ」
「「……」」
千春さんもあの怒り心頭だった桃香さんでさえ黙り込んだ。俺の事を調べて知っているとは言え一緒に生活をしているとかではないのでそこまで実感できていないと言うか思い至らなかったのだろう。
「実際、エスさんは先週とある男性との話の際に『海外の良い国をご存知ではありませんか?』と尋ねていますの」
「幸那さん、先週の話は相手の方にも迷惑が掛かります。自重して下さい」
まさかその件を話すとは思わなかったので一瞬ドキッとしたが、これ以上は話すなと釘を刺した。
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