閑話 侮り
私は京條桃香と申します。年齢は非公表です。職業は先日まで上流階級である京條家の当主をしておりましたが、問題が起こった為に責任を取って当主の座を娘の千春に譲ったのです。
なので、今の私は経験不足な当主の補佐をする相談役をしております。
今日はあの当主交代の日から約10日過ぎた5月の14日で、今は夕方18時です。
「お母様!!」
娘の千夏が大声で部屋にいた私を呼びます。
「騒々しいですよ千夏、一体何事ですか?」
「お母様!大変なのです!!市原君が配信者になったのです!!」
「何ですって!?背信者!?」
娘を窘めたのですが、娘はそれを気にする事なくとんでもない事を言いました。
よくよく話を聞けば、裏切りと言う意味での背信者ではなく、動画を投稿したり配信をする配信者と言う事でした。
ですが、千夏があのように大声を上げたのも納得がいきました。
「千夏、直ぐに千春を呼んできなさい」
「畏まりました」
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私と当主の千春、娘の千夏の三人で夕食を取りながら話をする事にしました。
「それでお母様、千夏からお母様が呼んでいると言われたので来たのですが、一体どのような話なのです?」
私はキチンと娘を育ててきたと自負していましたが、千春のそんな姿を見て自負していただけだと実感してしまいました。
千春はまだまだ当主としての自覚が足りていません。
「千夏、貴方から当主に話をなさい。私も概要しか聞いてませんから」
相談役の私が当主である娘より先に詳しい話を聞く訳にはいかないとキッチリとした対応をしたのには当然理由があります。
いつまでも私が当主であると思われるのは前当主である私も困るし、現当主である娘も不快に思うだろう。こういう不満や鬱憤が積もり積もってお家騒動になると言う事は過去の歴史が示している事なのだから、そこから何も学ばずに同じ事を繰り返すのは愚かとしか言いようがない。
そういう意味では、千夏も相談役にして前当主である私よりも先に現当主である千春に話をするべきだったのだ。
「っっ!?お姉様――いえ、ご当主様、先に相談役に話を持って行った事、大変申し訳ありませんでした」
きちんとその事に気付いた千夏は姉では無く現当主に謝罪をした。千夏には及第点を上げても良い。
「謝罪は受け取りました。千夏、話をなさい」
「はい。実は、トレンドワードの上位に男性配信者エスと言うものがありました。他の上位もその配信者エス関連のワードでした。気になった私は配信者エスについて調べたのですが、その配信者エスは市原春人さんだったのです」
千夏の説明は分かりやすくて良いですね。
「何ですって!?市原春人と言うと、あの少年ですわね?」
「千春、そのような視線を向けるものではありませんよ」
千春は私の方を気遣う様に見てきますがそのようなものは不要と言います。
「申し訳ありません。それでお母様はどのようにお考えなのです?」
はぁ~その様に私に尋ねてくる事が当主としての自覚が足りない所なのです。
勿論、助言を求める事が悪いのではありません。当主としての自分はこう思いますが、相談役はどう思いますか?と言う様な尋ね方なら問題は無いのです。
「ご当主様、相談役である私の意見を聞く前にご当主様の意見をお聞かせ下さい。私が意見を言った後に似たような事を言ってしまえば、相談役を頼る当主と思われかねません。宜しいですか?」
「はい。申し訳ありません。当主である私は静観するのが良いと思います。千夏、市原春人は京條家や嵯峨根家に対して何か侮辱や中傷を行ったの?」
「いいえ、私が調べた限りでは特には何もありませんでした」
「そう言う事であるならば、報復等は行わず静観で良いと思います。藪をつついて蛇を出す訳にはいきませんもの」
千春と千夏のやり取りを聞いて悪くは無いが、物足りなさを感じてしまう。
「基本はそれで良いと私も思います。しかし、突ける部分があるのならそこは容赦なく突くべきだとも思います」
私は千春の意見を聞いた上で相談役として意見を言う。
「お母様――いえ相談役、突ける部分とは何の事です?」
千春は突ける部分の意味が分からないのか私に尋ねた。
「千夏、市原春人はどのような理由で学校を欠席していたのですか?」
「っっ!?体調不良を理由に5月9日から12日まで欠席していました」
千夏は私が言おうとしている事に気付いたのか、一瞬ハッとした顔の後に話した。
「男子生徒が体調不良を理由に欠席する事は珍しい事ではないのでは?」
千春は分かっていないようですね。
「市原春人は学校に毎日通う男子生徒でした。そんな彼が体調不良を理由に欠席をしたのに、実際は配信活動をしていた。これは突ける部分ではありませんか?」
「そうでしょうか?突ける部分と言われればそうかもしれませんが、微妙ではありませんか?男子生徒が体調が悪くないのに体調不良を理由に欠席するのはおかしな事ではありません。寧ろ市原春人にそれを指摘して、自分だけでなく自分以外の男子生徒にも指摘しないのか?指摘しないならなぜ自分にだけそう言うのか?と反駁される方が問題ではありませんか?」
ほぉ~確かに千春が言う事も尤もだ。
「千夏、市原春人は千春が言った様な反駁をすると思いますか?」
市原春人についてなら京條家では一番接点がある千夏に意見を聞くのが良い。
「あり得ると思います。しかし、それは学校側から何らかの形で罰則やペナルティーを受けた後に言うと思われます。自分は主張された通り罰を受けた。では他の男子生徒についてはどうするのだ?と……」
なるほど……あの少年ならそう言う事をしてきてもおかしくは無い。
しかし、何もしなければあの少年を調子に乗らせて後に取り返しのつかない事態になりかねない。
ならば――
「千夏が言う事は尤もだし、ご当主様が言う事も尤もです。なので、折衷案として市原春人は体調不良で欠席していると聞いていたのに、実際は配信活動をしていた。学校側はどのような考えをお持ちですか?と尋ねるのです」
「なるほど……あくまで千夏から体調不良と聞いて心配していたのに実際は元気で、しかも配信活動をしていた。その事について学校側の意見を伺うと言う事ですわね。抗議ではなくあくまで意見を伺うと……」
千春も得心が言ったという表情で何度も頷きながら言う。
「その通りにございます。市原春人に京條家から学校に抗議があった。遺恨無しと言ったのに当主交代の報復かと言われても、こちらにそのつもりは無かった。あくまで当然の疑問を尋ねただけで、学校側が抗議と勘違いしただけ――その様に受け取っただけと反論する事も可能です。ご当主様、如何でしょうか?」
「流石は相談役ですね。その案でいきましょう。明日の朝、学校側に私から連絡をしましょう」
千夏が私達に複雑そうな顔をしていたのが気になったが、千夏は市原春人と距離が近いので気の毒に思っているのだろうと考えた。
この時に千夏にも意見を聞いていればあんな事にならなかったのだろうと後悔する事になる。
結局の所、私は市原春人と言う少年を他の男と違うと思っていてもそれを理解してはいなかったのだ。
要はそうは言っても所詮は男だろう?と侮っていたのだ。
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