水面下の下準備
銀河一美少女ティリスちゃん号は地球圏へ帰還したが、同行していたフリゲート艦が四隻から一隻に減っていた。更に銀河一美少女ティリスちゃん号そのものも明らかに損傷している様子がISSや観測衛星、月面基地からの観測によって判明し、それらを統括する統合宇宙開発局は大騒ぎとなった。
それと同時に政府からの厳命として、この観測結果を公表することが禁じられた。
とは言え情報が出回るのは時間の問題であり、完全に隠蔽することは不可能であると合衆国政府や異星人対策室も覚悟していた。
ティナへの問い合わせが急がれたが、一足先に情報を手に入れている人物が存在した。
「なるほど、公表は出来ないが我々地球人はまた君たちに救われたようだ」
ブリテンを率いるチャブル首相である。地球へティナ達を送り出したティリスは、合衆国に滞在していたチャブルと秘密裏に接触し、状況を説明したのである。
「正直、こんな場所まで奴等が来るとは思わなかった」
「天文学者曰く、太陽系は片田舎に位置するらしいね」
密かに用意された秘密の部屋にて、二人は秘密会談を開いていた。
「その通りだよ。ただ、奴等の行動範囲については議論が続いていた。まさか、アードの正反対の場所にまで現れるなんて。
奴等は銀河全土に手を伸ばしてる」
「そして君達も知らない知的生命体が滅ぼされている、かな?」
「……悲劇でしかないよ。素敵な出会いがあったかもしれない存在が消されているんだ。
銀河は広大だけど、何れ全てセンチネルが支配するようになれば知的生命体は存在しなくなる」
「ふむ、悲劇的な未来だな。それで、対策は?」
「センチネルを止める手立てはある。ただし、戦力が足りない。具体的に言えば、人的資源だよ」
ティリスの言葉に、チャブルは興味深そうに目を細めた。
「つまり君は、地球人を動員したいと?こんな言い方をするのは些か心苦しいが、我々が役立つのかな?」
「必要なのはパイロットで、地球人のデータは充分に揃ってる。スターファイターに簡単な改装を施すだけで良い。
アリアの分析だと、地球人が持つ高い闘争心はアード人以上のポテンシャルを発揮する可能性が高いんだってさ」
「それはそれは、喜ぶべきか難しい評価だね。
時にティリス嬢、酒は嗜むかね?」
「アードには、お酒を飲む文化はないよ」
「しかし酒を知っている。察するに、アード人には無くともリーフ人にはあったのかな?」
リーフには飲酒の文化が存在する。正確には特殊な儀式などで用いられる木から作られた酒で、飲酒機会は極めて少なく日常的なものではない。
それ故に、フェルも知らない。
「まあそんなところだよ。それと折角なら甘い飲み物が欲しいな☆」
「紅茶は如何かね?」
「前飲ませてくれた飲み物?それで良いよ☆」
「任せたまえ」
ティーセットで優雅に紅茶を淹れる老紳士と、椅子に座り足をプラプラさせている幼女。
傍目には祖父と孫娘のお茶会にしか見えなかった。
「それで、どうかな?小父様。地球人は動員に応じてくれるかな?」
「ふむ、前提条件は色々あるが最低でも万単位、上手くやれば百万以上は用意できるだろうね」
「は?」
チャブルの返答に、ティリスはポカンとした表情を浮かべ、チャブルはしてやったりと笑みを浮かべた。
「意外かね?実を言えば我が国だけでも数十万の兵士を抱えているのだ。大国と呼ばれる国ならば尚更ね。
更に資源不足で経済が低迷している情勢では、安定した職業でもある軍は魅力的に見えるものだ。選択肢として軍を選ぶ若者も少なくない。
衣食住が保証されていて、待遇も悪くないからね。世界中を合わせれば、1000万を超えるだろう」
資源の枯渇は各国の緊張感を高めてしまい、世界中が軍備拡張に舵を切った事も要因の一つである。
「1000万!?こんな小さな星に、それだけの軍隊が存在するの!?」
ティリスからすればまさに衝撃的な数値である。高度なAIを有するアードにそれだけの兵力は存在しない。まして、今は人口的にも無理がある。
全盛期のアードならば億単位の兵力を有していたが、あくまでも数百の星系を合わせた数である。
惑星一つが抱えるには過剰とも言える戦力だ。
「外敵に備えてるの?」
「ふむ、意味合いが異なるな。君達アード人にとっての外敵は常に外側、今ならばセンチネルだろう。
だが我々地球人にとっての外敵とは、即ち隣人なのだよ。全ての軍備は他国に対する備えだ」
「……地球人同士だよね?」
「ああ、地球人同士だよ。我々は有史以来……いや、人類が誕生したその時から我々は同族で殺し合っていた。かれこれ数千年、いや数万年かもしれないね」
チャブルは何処か愉しげに言葉を紡ぎ、ティリスは静かに戦慄していた。
アードは地球に比べて資源が豊かとは言えない。環境も過酷である。
魔法の存在とその善性によって手を取り合わねば生きていけぬ故に、同族間での争いはほぼ存在しない。
故に生粋のアード人であるティリスからすれば、地球の血生臭い歴史や現状は完全に理解の外だった。
「それだけの時間があれば、今よりも素晴らしい文明を築けた筈だよ」
「否定はしないが、それが我々の歩んできた歴史だよ。まあ、戦争の副産物として技術革新が促進された面もあるしね」
「……地球人の闘争心の高さは理解できそうにないね」
「うむ、だろうな。君達から見れば我々は異質に見えるだろう。
しかしそれはお互い様だよ、ティリス嬢」
「ん……そうだね。こっちの価値観を押し付けるつもりはない。それに、今回は闘争心の高さが重要だ。
そうだね、次回来訪時に取り敢えず訓練用としてスターファイター百機を持ち込む。バラバラに分解して“トランク”へ詰め込んで、居留地で組み立てる」
「いきなり百機とは豪気なものだ」
安易な武器供与、地球では危険な行為であるが相手を信じることが大前提であるアード人からすれば当たり前の対応である。
「最終的には、スターファイターだけじゃなくて各種艦艇も居留地で建造できるようにするつもりだからね。地球の技術革新を待ってたら満足な戦力が揃うまでに数百年掛かりそうだし」
「わかった。こちらではパイロット候補を集めておこう。シミュレーターの類いはあるかね?」
「充分な数を準備してるよ。後は小父様に任せるね☆」
「心得た。アード人の協力の下宇宙進出へ向けたパイロットを育成するためと称して、各国からパイロット候補生を集めよう。
ただし、ネズミの類いも紛れ込む可能性はある。完全に阻止するのは難しい」
「別に構わないよ、持ち込む機体には色んなリミッターを仕掛けるから。悪巧みは絶対に出来ないようにね」
「それなら安心だ」
斯くして地球宇宙軍は創設の下準備が水面下で動き始める。アード側はセンチネルとの戦いに備えた兵力を欲し、地球側は未来のテクノロジーを得て宇宙へこぎ出すために。
双方の思惑が絡む中、我らがティナは南極でペンギン達と戯れていた。




