日本の国内情勢
異星人対策室のジョン=ケラーだ。いつの間にか更なる重責を背負わされているような気がするが、人類の存続を成すためならば私の胃痛など些細な問題だ。何度も穴が開いたが、次の瞬間には完全に修復している。
ドクターからその様に診断を受けた時は、いよいよ人間を止めてしまったなと渇いた笑いが出てしまった。
まあ、今更ではあるしこの身体のお陰で救えた命も少なくない。後悔等存在しないさ。
さて、異星人対策室の長を任されている立場である私は、日々大量の報告書と向かい合っている。主に国内と諸外国のアード関連の情報だな。
我が合衆国政府も例に漏れず国民の対アード感情に対して敏感であり、マスメディアや様々な媒体を利用して友好キャンペーンを継続している。
時にはハリウッドスターを動員する徹底ぶりであり、反アード感情や思想を持つ者が主要な媒体に出ないよう細心の注意を払っている。
この動きは当然ながら一部から言論統制であるとの批判も出されたが、地球の未来を思えば我慢していただきたいものだ。間違っても反アード的な感情が蔓延するような事態は避けねばならない。
パリでの事件以降、ティリス殿は今まで以上に各国政府へ干渉するようになった。これを大統領達は最終警告であると判断しており、それは決して間違いではない。
ティナの隠された出自を考えれば、彼女自身が報復を望まなかったとは言えアード側の理性に感謝する他無い。
あのタイミングで近衛を率いるアナスタシア女史が来訪した時は、せめてカレンとメリルだけは見逃してほしいと懇願すべきか本気で考えたものだ。我ながら俗物だな。
「ん?ジャッキー、このレポートは?」
補佐してくれるジャッキー=ニシムラ(青いツナギ姿)が差し出したのは、今時珍しい紙のレポートだ。
「先ほど極秘裏に届いた、在日米軍からのレポートです」
ふむ、軍の……いや待て、在日米軍?
「……厄介な案件かな?」
「残念ながら。要約しますと、ここ数ヵ月で日本領空内への領空侵犯と自衛隊によるスクランブルが急増しています」
日本の軍隊は国防軍になっているが、長年の親しみを込めて今も自衛隊と呼ばれているが……領空侵犯が増えているだと?
「日本政府の公式発表では無いんだね?」
「在日米軍に居る友人曰く、日本政府はティナ嬢に気を遣っているのだとか」
「なるほどな……」
確かに領空侵犯が増えたと聞けば、日本と友好的なティナの心中は穏やかではあるまい。
「領空侵犯を繰り返す国籍不明機の正体ですが」
「連邦か?」
かの大国は腹が見えないからな。
「いえ、連邦はゼロです。全て中華です」
「中華?それは確かなのかい?」
「ええ、何せアリアによる解析ですから」
「やはり察知されていたか」
アリアが探知して、ティナには知らせず日本政府や在日米軍へ秘密裏に伝えたのだろうな。
となれば、間違いなくティリス殿の指示か。彼女はこの事態をどう見ているのか。
「宇宙人が来訪した場合、それが例え友好的だったとしても地球では大規模な戦争が起きる可能性がある。
その様な説が出たことがありましたな」
「侵略的な宇宙人相手なら内ゲバも分かるが、友好的でもかい?」
「室長、これは謂わば未来に約束された富の奪い合いなのです。今回の場合、アードとの関係を深めればそれだけ利益を得られる。
そして我々地球人は、その為に切磋琢磨するよりも他者の足を引っ張り蹴落とすことを選択する者が一定数存在します。それも決して少なくない数が」
「悲しいことだ」
要は、それを国家レベルにしただけか。まあ、気持ちは分かる。
アードとの交流で合衆国と日本は明らかに先を行っている。
これはティナ自身の趣向もあるが、我々の政治的な失敗もある。合衆国としても、アードから得られる利益を独占したい想いはあった筈だ。
だが、他国からすればその様な事情は関係無い。重要なのは、二国が独占している現状なのだ。
「それで我が国を狙わずに我が父祖の国を狙う辺りが、実にあの国らしいやり方ですな」
「日本人の反応は?」
「公表されていませんから具体的な数値は分かりませんが、今現在大きな動きはありません。
ただ領空侵犯だけでなく領海侵犯も頻繁に繰り返されていますから、漁業関係者や離島出身者によってネット上に流れていますな」
「隠し通すのは無理か」
となれば、日本国内の対中感情が悪化するのは避けられないか。悩ましいな。
「それと、こちらは駐日大使館からの報告です。全て大統領閣下へ提出された物と同じ内容になります」
「大統領閣下と同じものを私が読んでいる現状こそが異常だと思うんだが……ん、これは?」
「日本の国会内部に極一部ではありますが、極端な主張が現れ始めています。内容としては、二つに大別されますな。
一つは、アードとの友好関係を背景として日本の立場を強固なものにしようとする主張です」
「浅はかな……アード側がどんな反応を示すか分からないのか」
まあ、気持ちは理解できないでもないがそれはティナを政治利用すると言うことだ。そんなことをすれば、間違いなくアード側は不快に感じるぞ。
「まあ、こちらに関しては椎崎首相が上手く纏めています。いつの時代も、勇ましい主張は一定の支持を得られるものですから」
「ティナを政治利用することだけはダメだ。あの娘は余程の無理難題で無い限りは了承するだろうが……」
「ご安心を、大多数の日本人は愚かではありませんからな。さて、もう一つですが」
「聞こう」
「ここ最近の領空侵犯、領海侵犯に関連するものですが、日本がアードとの交流を独占しているせいだと主張する者達が居ます。今すぐにティナ嬢達が持ち込んだり作ったものを全て中華へ引き渡し、また滞在地を上海へ切り替えるよう強硬に主張している勢力です」
「それこそ論外だな」
パワーバランスを一変させるような代物を中華が手にして、平和利用するだろうか?
中華は私が若かった頃に比べれば大人しくなったように思うが、今でも暗躍を繰り返している。信用ならんな。
確か、世界融和党だったかな。
「中々過激な勢力の様ですな。駐日大使館よりも注意すべき団体であると警告が出されています」
「椎崎首相の辣腕に期待するしかないな。何か手助けが出来れば良いんだが」
私は単なる小市民に過ぎない。高度な政治的判断や外交術を持ち合わせていない。歯痒い限りだ。
……ん?ジャッキーが笑顔だ。
「室長、日本へ行きませんか?」
「私が日本へ?」
「そうです。貴方はアード関連で最も重要人物とされている有名人です。
貴方自身が日本でアードやティナ嬢について講演すれば、それだけで椎崎首相にとって心強い援護になるでしょう」
「私にそんな力があるとは思えないが、それが地球のためになるなら断る理由無いよ。スケジュールを頼む」
「お任せを!」
斯くしてジョンの来日が決定したが、まさかのヒーローコスチューム姿のウミボウズとして爆誕してしまい、別の意味で話題となり本人の胃が溶けてしまったが一秒で再生した。




