地球駐在大使
アルファ・ケンタウリ星系にて海戦が勃発している頃、詳細を共有された使節団を率いるザッカル局長は、その戦いに気を引かれながらも予定されていたスケジュールを順調に消化していった。
合衆国に滞在しつつ熱心に地球の情報を収集し、帰還時に同行することが決まっている地球の外交団についての調整にも余念が無かった。それと同時に、異星人対策室に設置された転送ポートを利用して月面の居留地を訪問。
「様々な事情があったとは言え、同胞である皆様を放置したまま惑星を閉ざしてしまったこと、アード政府の代理として改めて謝罪させていただく。
貴女方が必要とするものは可能な限り用意させていただくので、どうか遠慮無く頼っていただきたい」
アード政府高官による直接の謝罪は同行していたジョン=ケラーを驚かせたが、善性が大前提となるアード社会では珍しいものではなかった。
「謝罪を受け入れます。本星と地球を繋ぐ架け橋であるティナさんの一助となれるよう尽力して参りますので、ご支援ご指導のほど、宜しくお願い申し上げます」
謝罪を受けたのは、ラーナ星系の生き残りであり月面居留地の実質的な指導者の立場になったセシルである。
本人はいつの間にかそんな立場になっていることに困惑しているが、彼女のリーダーシップがあったからこそ居留地は問題なく運営されているのも事実である。
そして最近ではゼバ星系の生き残り達が合流したが、そちらとの交流も順調そのものであることからも、彼女の器量の高さが示されている。
「有り難いことだ。既にお聞きとは思うが、地球との交流は女王陛下のご意志でありアードの最優先課題である。
故に、この衛星に作られた居留地や貴女方の存在は今後の交流において大きな意味を持つ。
手厚く支援させていただくのは当然として、女王陛下より貴方を地球駐留大使に任命する勅令が出された」
「えっ!?私が、駐留大使に!?」
青天の霹靂とはまさにこの事であろう。まさか知らぬ間に駐留大使に任命されているのだ。
正式に地球と交流を開始するために大使を太陽系に駐留させるのは規定事項なのだが、その人選に苦慮していた。
最も地球の事情に詳しいティナ達は親善大使としての役割があり、これからも交流の最前線に立ってもらう必要がある。
かといって、地球の事情に詳しくない者を任命しても双方にとって不利益となる。
そこで間接的にセシル達ラーナ星系の生き残り達の話を聞いていたセレスティナ女王が、少しでも彼女達への償いとこれまでの尽力へ報いるために、名誉を与えるべきであると叡慮を漏らした。
それを伝え聞いたパトラウスが、それならばとセシルを駐留大使への任命を提案し、勅命として認可されたのである。
……完全な善意によって、セシル達の事を多少誇張して報告したティナが遠因である。
「その様な大任が私に務まるかどうか……」
アード社会に於いて、セレスティナ女王の言葉は絶対である。にも拘らず、疑念を漏らしたのだ。
この反応を見たザッカルは、彼女達を本星から引き離したティリスの判断は正しかったと改めて痛感した。
ラーナ星系の生き残りや、ゼバ星系の生き残り達は本星を知らずに生まれ育った。故に本星で生まれ育った者程の狂信性は持ち合わせていないのだ。
故に本星へそのまま受け入れるリスクが高く、彼女達は今後の生き残り達を保護する場合のモデルケースとしても有用なのだ。
「ご心配には及ばぬ。最大限の支援は当然として、無理難題を押し付けるつもりはない。
あくまでも外務局、もっと言えば政務局のパトラウス局長直属と考えていただければ良い。
何か指示を出す場合も詳細な情報共有を行うのは大前提だ。
むしろ我々としては、ティナ大使が太陽系に居ない間の情勢などを知りたいのだから」
「それはつまり、地球の情勢についての情報がもっと欲しいのですね?
そして私には、ティナさんとはまた違った視点での情報収集を望むと?」
「報告にあった通り、聡明な方だ。その認識で構わない。アリアを介して情報は得られるが、直接地球人達と接することによって得られる情報も極めて有用だ」
「微力を尽くします」
「お願いする。それと、貴女が独自に行っている地球人との交流も引き続き積極的に行ってほしい。地球との交流は勅命であるが、同時に我々は地球側の情報に疎いのだ。
貴女が纏めてくれたレポートは、高い価値がある」
ネットワーク上に存在する情報は例外無くアリアによって収集されているが、実際に現地人と接する事でしか分からないことも多い。リーフ人との共生で得られた数多の経験に則り、アード政府としても交流は慎重に進めたい。
これはティリスの意思も介在しており、一部リーフ人の様な存在が現れないように細心の注意を払っている。
「少しでもお役に立てたなら幸いです」
「数多の困難が予測される交流であるが、我々の未来のためにも頑張っていこう」
二人は互いに礼を交わし、正式にセシルが地球駐在大使として任命されたことが地球側にも公表された。
同時にアード側が好意で地球の月面基地に建設した大使館も正式に稼働し、それに伴い唯一転送ポートを利用できる地球人であるジョン=ケラーに付与されていた権限が拡大される。
先ず利用できる地球人として妹のメリル、娘のカレンが権限を付与された。
それと同時に、ジョンが同行することで他の地球人も転送ポートを利用できるようになったのだ。
これによって、ジョン以外の地球人が月面の居留地や大使館へ出入りすることが可能となった。
アリアから通達された合衆国政府は狂喜乱舞したが。
「ううむ……喜ばしいことではあるが、下手に公表すればただでさえ重要人物として注目されているケラー室長の身に、更なる危険が迫る可能性が高まるな」
「しかし大統領閣下、秘匿すれば我が国が独占していると国際的な批判が高まる危険性があります」
「そうは言うが、下手をすればこれまでの交流が台無しになる所かアードの怒りを買うことになる。それだけは避けねばならん」
「では?」
「……一切の口外を禁じる。政府閣僚にも知らせるな。首脳部の一部だけに留めるのだ。彼の身柄を守るためにも仕方のない処置になるが」
「畏まりました」
何と今回はティナが関わっていない事案であるのに、ジョンの胃がボイドと化してしまう珍事が発生したが、いつものことなので割愛する。地球は今日も平和である。




