優れた製品には付き物の問題
アードで大きな事件が起きて水面下で動きが起きた頃、天の川銀河の反対側に位置する地球でも少しずつではあるが交流の影響が地球各国に波及しつつあった。
民衆の理解が増えることは為政者としても好ましいことではあるが、同時に各国を悩ませる事件も発生していた。
「我が国だけで虚偽の事件が既に二十件を越えたか……予想はしていたが、世界規模で考えると頭が痛いな」
「はい、露見していない事件もあるでしょうから世界規模で見れば、万を超える可能性もありますな」
ホワイトハウスでマイケル補佐官から報告を受けたハリソン大統領は、頭を抱えていた。
現在世界中の為政者達を悩ませているのは、これまでティナが持ち込んだ交易品である“トランク”や“医療シート”の強奪やそれらを詐称した詐欺事件である。
優れた製品や高価な製品が流通した場合には付き物な事件であるが、この件を放置してはそのままアードとの外交問題に発展するので、為政者が余程腐敗していない限りは全力で事件解決に国家権力を使って取り組んでいた。
特に“トランク”は、万が一邪心を持つ者の手に渡ればその被害は計り知れないものがある。
これまでは合衆国にある異星人対策室が一元管理し、世界規模で災害などが発生した先に利用されていたが、各国の状況を精査して少しずつ供給を開始しているのだ。
当然ではあるが、この供給には政治的な意図や思惑が多分に介在しており、供給先の治安や警備体制に不安がある場合もあった。
だが、合衆国がアードからの富を独占しているとの批判を完全に無視することは出来ず、またハリソン大統領が提唱する地球統一連合への参加を交渉材料にされることも多々あった。
何よりティナが各国へ訪問する時に、少数ではあるが“トランク”や“医療シート”を提供しているのだ。その動向全てを把握するのは不可能である。
「融通した矢先に事件が起きたのだ。あちらの政府にはより一層の注意を促したいものだが」
その一環として、最初に隣国であるメキシコとカナダへ“トランク”を幾つか輸送したのだが、その最中に汚職した役人の手によって“トランク”が麻薬組織カルテルの手に渡る大事件が発生したのである。
カルテルはその資金や脅迫によって役人や運搬する人員を動かし、秘密裏に手に入れたつもりであったが、その企みはリアルタイムで発覚するに至る。
何故ならば、地球へ持ち込まれた“トランク”については全てアリアが一元管理しているのだ。
ティナとしても“トランク”が悪用された場合に生じる不利益は恐ろしいことになることを正しく理解しているし、何よりも元地球人として必ず何らかの問題が発生すると確信を抱いているのだ。
当初は“トランク”の認証システムを利用した制限を掛けていたが、これだと災害等の緊急対応に難がある。
直ぐにその事実に気付いたティナは制限を解除したが、アリアによる管理だけは継続させていた。アリアはAIだ。自身を複製するのは容易なことである。
サーバーも軌道上で待機しているプラネット号があるし、多少性能は落ちてオリジナル程の人間味は薄れているが、地球側からすれば到底太刀打ちできない性能である。
「アリアには感謝だな。悲劇を防げただけではなく、大きなカルテルを一つ潰すことが出来た」
アリアは直ぐ様事態を把握して合衆国政府へ通報。関与した汚職役人達やカルテルの情報を全て共有した。
これまで謎に包まれていたカルテル組織の本拠地やボス、幹部達の名前や居場所まで全て把握されていたのである。
これらの情報を手に入れた合衆国政府の動きは早かった。
現地政府と連携し、特殊部隊まで投入してカルテル組織を文字通り壊滅させてしまう。本拠地襲撃では激しい抵抗が予想されたが、何と軌道上のプラネット号が砲撃したのだ。
決して地球人を傷付けない。ティナの想いを最大限尊重しつつ、尚且つ合衆国や政府側の犠牲を最小限とするための支援射撃である。
本拠地にある無人の家屋や麻薬畑が、膨大なエネルギーの濁流を受けて蒸発するのを目の当たりにした構成員達は意気消沈。抵抗も少なく犠牲者も最小限で済ませることが出来た。
同時に合衆国政府はアリアから得られた情報のほぼ全てを公表。犯罪組織に対して、地球とアードが共闘して立ち向かったと印象付けさせた。
尚、奪われた“トランク”はその瞬間にアリアによって無効化されていたりする。
「一部アードによる武力行使を問題視する声がありますが」
「現地政府が了承しているし、何より人的被害はゼロだ。しかも相手は国民からすれば恐怖の存在であるカルテル、批判は少ないだろう?」
「はい、大統領閣下。しかし、議会内部にも我が国の関与は内政干渉に当たるのでは、或いは強権的だとの批判もあります」
「内政干渉か、地球が一つに為らなければいけない時期に……いや、無理もないか」
人類に残された時間は少ない。唯一の希望はアードとの交流であるが、その為には統一政体の設立が大前提である。しかしながら、人間は理性ではなく感情の生き物である。そして大きな変化を忌避するものだ。
ハリソン大統領は地球人類が抱える本質的な問題と向き合っているのだ。
「議会工作について、与党内部からも声が挙がっています。あまり無理をされては」
「我々には悠長に議論している余裕はない。少なくとも私が在任している間に、何とか統一政体の下地と骨組みだけは作っておきたいのだ。となれば、時間がない」
「東洋の言葉に急いては事を仕損じるとあります。ここは慎重に……」
「大統領閣下!」
マイケル補佐官の言葉を遮るように、秘書官が慌てた様子で執務室へ飛び込んできた。
「そんなに慌ててどうした?」
マイケルが代わりに問い掛け、ハリソンは静かに胃薬を取り出し。
「今しがた、ボストンで“医療シート”虚偽事件が発生しました!現地当局と逃走を図る犯人グループによるカーチェイスが勃発しましたが、巨大化した少女が犯人の車両を確保!マスコミとネットで大騒ぎに為っています!」
彼が見せたタブレット端末の画面には、逃走した犯人達を乗せた古いタイプのバンを片手で軽々しくつまみ上げて、満面の笑みでピースをしているカレン=ケラー(十八メートル)が映し出されており、それを見たマイケルは唖然として、ハリソンはなにも言わずに胃薬の錠剤をダースで流し込んだ。




